Michael Spencer Jone

Photo: Michael Spencer Jone

待望のオアシスのドキュメンタリー映画は、2015年制作のエイミー・ワインハウスの伝記映画『Amy』と同じプロダクション・チーム(プロデューサーはジェイムス・ゲイ・リーズ、エグゼクティヴ・プロデューサーはアシフ・カパディア)が手掛けている。そして、タイトルは1994年のデビュー・シングルにちなんで『スーパーソニック』となることが明かされた。

この映画は、デビュー・シングルから、一晩で12万5,000人を熱狂させた1996年8月のネブワースでの2夜連続の伝説的ライヴまでのバンドの軌跡を記録している。プロデューサー陣によると、映画にはオリジナルのアーカイヴ素材やインタヴューが使われているという。そして、リアム・ギャラガー本人もツイッターで映画を称賛している。

オアシスの映画のファーストカットを観てきた。聖書のようだ。俺のロックンロールに何が起こったか、だな。

映画のポスターがこちらだ。

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この映画で描かれるバンドの活動期間を考えると、長い間答えが出なかったこれらの疑問に、映画では回答が示されるのではないかと我々は期待している。

悪名高いロサンゼルス公演では何が起こったのか?

オアシスは最初から波乱含みだった。1994年9月に行われたロサンゼルスにあるナイト・クラブ、ウィスキー・ア・ゴーゴーでの公演が、行く末の予兆を示していた。この公演ではご立派なほどの幼稚さをひけらかし、リアムはこのライヴで“Live Forever”の歌詞の一部を「Maybe I don’t really wanna know/how your garden grows(たぶん、本当は知りたくないんだ/君の庭がどうなるかなんてことは)」から「Why you pick your nose(お前がなぜ鼻をほじるかなんてことは)」に変えて歌い、タンバリンでノエルの頭を殴って、果てにはアメリカの観客たちを罵るという悪態をついた。

激怒したノエルは、ライヴ後にバンドを離脱してサンフランシスコへ移動。クリエイション・レコーズのティム・アボットはそんなノエルを、ミネアポリスのライヴのためにバンドへ戻るように説得した。リアムの言動については、いまだに釈明されていない(今のところ、だといいのだが)。

ロサンゼルス公演の音声を収録したものがこちら。

彼らの歌詞は一体何を意味しているのか?

“Supersonic”の歌詞を例に挙げてみよう。「I know a girl called Elsa / She’s into Alka Seltzer / She done it with a doctor / On a helicopter(知り合いにいるエルサって女の子/彼女はアルカセルツァー(鎮痛剤)にハマってる/それを医者と一緒にやってた/ヘリコプターで)」だって? この曲の歌詞では、売春からバンドのエンジニアが飼っていた犬のことまで様々なことにナンセンスな響きの言葉で言及しているが(後半はあまり深読みしないでおこう)、何が真実なのだろう? 一気に疑問を払拭してもらいたいものだ。

ポール・マクギガンが1995年に一時的に脱退した理由は?

彼本人は「神経疲労」を理由に挙げているが、ツアー・マネージャーのイアン・ロバートソンは、リアムとの険悪な仲のせいだとしており、「他の誰よりも、リアムの敵意は彼に向けられていた」と当時発言したと報じられている。ポール・マクギガンの代わりとして加入したスコット・マクロードは、アメリカでのツアー中にホームシックにかかったため脱退しており、2005年10月にブラックプールのエンプレス・ボールルームで行われた伝説的ライヴで、ポール・マクギガンは輝かしい復活を遂げた。そこで我々が知りたいのは、彼の脱退についてどちらの説明が正しいのかということだ。

ノエルはドラマーのトニー・マッキャロルを本当に解雇したのか?

新たに浮上したのが、「オアシスのメンバー構成とは、回転扉のような定義だった」というテーマだ。ノエル・ギャラガーは1995年にトニー・マッキャロルを解雇したのだが、世間では彼をバカにしており、当時のオアシスの新曲を演奏するには技術不足だと言われていた。ところが、2010年の『NME』に登場したトニー・マッキャロルは、この解雇劇は突然の出来事で、何だか訳の分からないままになっているという。「俺はずっと、どうして俺たちは最初の頃のようにパブで膝を突き合わせて、『なあ、これって上手くいってないよな』って話さなかったのかと感じてるよ。互いに背中をポンと叩いたりしながらね。そうすれば、もっといい結果になっていたのに」。説明をお願いします!

トニー・マッキャロルのインタヴューの様子はこちらから。

ネブワースのライヴは本当にそれほど贅沢だったのか?

1996年のネブワース公演のバックステージでは酒と食事が際限なく提供され、そこに自由に参加できるという、最高に贅沢な場所だったようだ。その場にいた記者のロイ・ウィルキンソンは「パスを持ってる人は誰でも終日タダだった。立ち入りはそれほど規制されていなかったよ。音楽業界用のパスを、その家族や友人が無数に持っていたし……。肖像画家やマジシャンが常に待機していたね。プロのエンターテイナーが会場の玄関口で手品や似顔絵のスケッチを披露していたんだ」と語っている。

説明は聞いたことがあるが、その様子を収めた映像にお目に掛かれるなら素晴らしいことだろう。当時の映像を見れば、今の音楽業界がいかに抑制的なのかを知ることが出来るのだ。映画が公開になる10月を祈りながら待とう。

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