Zackery Michael

Photo: Zackery Michael

修道院だったサフォーク州のバトリー・プライオリーの外にいると内側からは、まるで古代の建造物が崩壊しているような音が聞こえてくる。南イングランドの人里離れた田舎町にある14世紀の修道院を改造したこの場所をアークティック・モンキーズは2週間にわたって本拠地にすることにした。ステンドグラスの窓の裏ではギタリストのジェイミー・クックが気合を入れる金切り声を上げて、その場で身を揺らしている。バンドメンバーはそれに目をやりながら、目の前に広がる残響の壁に興奮して目を輝かせている。

2021年の7月中旬、アークティック・モンキーズはバトリー・プライオリーで過ごす最後の週を迎えながら、通算7作目となる円熟のアルバム『ザ・カー』に取り組んでいた。レコーディングの前からこの建物はアークティック・モンキーズの逸話の一部となっていた。ファンの間では5人目のメンバーとして知られるジェイムス・フォードが40歳の誕生日をこの場所で祝っていたのだ。ロックダウン以降、初めてバンドが再会を果たすまで、バンドの最初のアルバムの狙いは「一時期よりもラウドな曲を書くことだった」とフロントマンのアレックス・ターナーは語っている。しかし、すぐにこれらの楽曲がヘヴィなリフという根底を超えて進化していったことに気づいたという。「バンドと一緒にやってみて自分がやりたいと思ったものには自分でも驚かされるところがあったんだ」とアレックス・ターナーは続けている。

すべてのパフォーマンスはレコーディングされ、その結果はバンドが保存し、磨き上げ、最終的に捨てたものに影響を与えることになった。2週間の間、アークティック・モンキーズの一時的なスタジオでは外の世界がないものとなっていた。アレックス・ターナー、ジェイミー・クック、ベーシストのニック・オマリー、ドラマーのマット・ヘルダースからなるバンドは一緒にサフォーク州の荒野を歩いていない時は、パンデミックで延期されていたユーロ2020でのイングランド代表の歩みを観ながら、パイントを傾けていた。2週間の間、時間はほぼ意味をなさなくなっていて、ギャングたちはついに元に戻ることになった。

アレックス・ターナーがこの話を『NME』に語ってくれた時、彼はその記憶から程遠いところにいた。それから1年以上が経った、見かけによらず暖かい10月、『ザ・カー』のリリース週が始まろうとする時に私たちは東ロンドンのパブで顔を合わせることになった。信じられないことに下の階のステレオからはタイミングを見計らったかのように2009年発表の“Crying Lightning”が流れてきた。アレックス・ターナーは一つ上の階で席について一杯、いやイングリッシュ・ブレックファスト・ティーを飲もうとしており、ランチタイムのプレイリストを変えたのが誰にせよ、運命にちょっかいを出したことを知る由もないだろう。アレックス・ターナーは中国製のティーポットを扱うのに忙しくて気づいていないようだった。

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アークティック・モンキーズの待望の復帰作、10曲を収録した『ザ・カー』は『NME』で五つ星のレヴューを獲得することになった。レヴューでは「これまでのバンドの物語の集大成:鋭いソングライティング、終わりなき進歩、不滅のチームワーク」と評されている。ロンドンのRAKスタジオではアンサンブル・ディレクターのブリジット・サミュエルズの監修の下、フル・オーケストラと共演しており、これはバンドにとって初の試みとなった。これまで以上に不穏ながら、しなやかなアレックス・ターナーの声はストリングスやピアノのモチーフ、低く響くベースからなるシネマティックなランドスケープの中をくぐり抜けていく。

エレガントなオープニング曲“There’d Better Be A Mirrorball”ですぐに期待は膨らむ。ヴァイオリンとハープシコードの消えゆく感覚の中で静かに苦悶する別れの曲はアルバムのリード・シングルとなり、最初にバトリー・プライオリーでデモが作られた。「思い描いてみてほしいんだけどね。レコーディングの間、僕は16mmのカメラを回して駆けずり回っていて、みんなの邪魔にならないようにしていたんだ」とアレックス・ターナーは語っている。最終的に彼は個人的に映像を保存することにして、残りはこの曲のレトロなミュージック・ビデオに挿入され、特別なレコーディング・セッションの貴重なタイムカプセルになることになった。

重要なのは、マット・ヘルダースが撮影した写真がアルバム・ジャケットに使われることになった新作が2018年発表の賛否両論を生むことになった『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』よりもまとまりと連帯感のあるバンド像を提示していることだろう。前作は消費主義とテクノロジーを艶のある深みで取り上げた作品だったが、複数のブリット・アウォーズを受賞した2013年発表の『AM』で見られた津波のような豪快さとリフ、ヘアジェルの代わりに丹精なラウンジ・ポップが採用されることになった。クレジットを見てもニック・オマリーは7曲にしか参加しておらず、マット・ヘルダースのドラムも控えめで、バンドメンバーは演奏者として最大限活用されていなかったところがある。

『ザ・カー』の中心をなす向こう見ずな“Body Paint”はまったく逆の格好になっている。アレックス・ターナーがウインクしながら「and if you’re thinking of me / I’m probably thinking of you(君は僕のことを考えているなら、おそらく僕も君のことを考えている)」と歌う中で、渦巻くような雰囲気と共にニック・オマリーが展開するベースがジェイミー・クックの強烈なギターソロへと続いていくのを聴くことができる。純粋に楽しんで、その感覚を新作に持ち込もうというバトリー・プライオリーの滞在を全面的に感じることのできるサウンドだ。

より大胆な新しいサウンドに身を投じたことで、アークティック・モンキーズは恐れ知らずになったとアレックス・ターナーは語っている。「今回作ったアルバムは、僕らが最初にやり始めた頃に作ると思っていたアルバムとはまったく違っているよね。実のところ、もうアルバムを作ることはないんじゃないかと思っていたんだ」と彼は口にする。「20年前は僕らがこんな風に歩みを進めることになるなんて思い描いていなかったよ」彼は答えの続きを探すように紅茶の入ったカップをじっと見つめて、もう戻ってこないかのように長い間を置いた。「僕らが自分たちの名前をアークティック・モンキーズにした事実が僕らの野心の大きさを物語っているんだけどさ」と彼は再び話すのを止める。「でも、あんまり分かっていなかったんだ」

アークティック・モンキーズの友情が続いているのはノーと言うべき時を分かってきたからでもある。彼らはマイスペースを通して初期のデモをいくつか公開したことでファンベースを築き、ウェット・レッグやホット・チップも所属するインディペンデントのレーベルであるドミノ・レコーディングスと契約することになった。その時点でバンドは既に広告で楽曲を使わせない契約を結んでいた。バンドは当時誰もが望んでいたテレビ番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』への出演を断り、その数週間後、桁外れのデビュー・シングル“I Bet You Look Good On The Dancefloor”はすぐに全英チャートの首位を獲得することになった。これはメジャー・レーベルの資金や山のような露出がなかった彼らにとって並大抵のことではなかった。彼らは自分たちのルールに従うという前例を作り、それを成功させたのだ。

しかし、すぐにスターダムから逃れることは難しいことが明らかになる。2006年発表のデビュー・アルバムにして名作『ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット』で気取らない10代としてブレイクを果たした時、彼らは常に殻に閉じこもっているような状況だった。「誰か、999に電話してくれ。リチャード・ハーレイが泥棒に遭った」とアレックス・ターナーが冗談を飛ばしたことは有名だが、その年にマーキュリー・ミュージック・プライズを受賞した時、バンドは陶酔と苛立ちの間にあるように見えた。その後の10年で彼らはUKにおいて最もビッグで、カルチャー的にも最も重要なバンドになった。グラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーを2度務め、2012年のロンドン五輪では開会式に出演して、何より重要なのは一貫し続けていることだろう。同胞たちはサウンド面で彼らのような息の長さを持つことはできなかった。

「初期のことを振り返ると、クリエイティヴ面での判断も含めて本能のままに動いていただけの気がするんだ」とアレックス・ターナーはやさしく笑いながら語ってみせる。「まず何より、自分たちの楽器の弾き方も分かってなかったんだからね。でも、それ以上にバンド内のことは大きく変わっていないと思うよ。いくつかはトリックを覚えたかもしれないけど、いまだにまったく同じ本能のままに動いているんだ」

ラコステのロイヤル・ブルーのジャンパーを着たアレックス・ターナーは少年のような、茶目っ気のある魅力で1時間『NME』を楽しませてくれる。フォーマルなペイズリー柄のシルクスカーフを巻いて、無精ひげを生やし、彼は年齢を感じさせない。首にかけられたゴールドのチェーンは祖父から贈られたもので、2006年以降どこでも身に着けており、秋の太陽を受けて輝いている。質問に答える時、アレックス・ターナーは椅子に寄りかかりながら、その場面を再現してくれ、それを本当に楽しんでいるように見える。これほどまでに笑いの絶えない人物であるのは偶然ではないだろう。だって、彼は極めて頭の切れる、洞察力も深い、ユーモアに溢れたソングライターなのだから。

しかし、キャラクターに反して内省的な部分のある『ザ・カー』の歌詞の話になると事情は変わり、個人としての成長に関する、ためらいがちで愛おしい沈黙にぶつかることになる。北シェフィールドで過ごした若い頃にも言及している、見せ場に満ちた“Hello You”のことを持ち出してみた。しかし、ハリウッド映画の制作のようにカメラの前では派手でも舞台裏は苦しみが伴うものなのだろう。「I could pass for 17 if I just get a shave / And catch some Zzzs(髭を剃れば17歳になれるのに/そして、しばらく居眠りできる)」と彼はこの曲は半分冗談交じりに歌ってみせる。「新曲の多くは過去について殴り書きをして、その中で気になったものを使っていったんだ」と彼は語っている。「すごく正直だと思うよ。嫌なところもあるからね」

『ザ・カー』のトラックが豊かにアレンジされていることについて語る時、アレックス・ターナーの頭の中の歯車は少し速く動き始めるのを感じることができる。「前作については『おおっ、ピアノを取り入れた』というのが大きな話題となって、それは確かに事実なんだけど、今考えてみると、今回やってみたこともそうなんだけど、思いついたレコーディング・アイディアをそのままやってみるということなんだよね」と彼は語り、突然興奮したかのようにトレードマークであるレイバンのサングラスを強く握りしめて、それは折れてしまわないかと心配になるほどだった。

このアルバムをレコーディングすることでアークティック・モンキーズはレコーディングしたものはすべてライヴ演奏でなければならないというこれまでのルールを撤廃して、新たな可能性を開くことになった。“Jet Skis On The Moat”と“I Ain’t Quite Where I Think I Am”ではワウのギターを実験しており、『ステイション・トゥ・ステイション』期のデヴィッド・ボウイがELOと出会ったようだ。特に“I Ain’t Quite Where I Think I Am”は「すべてがハマった」瞬間だったとアレックス・ターナーは語る。若い頃のアークティック・モンキーズだったらパンキッシュなヴァースをものすごい正確さで繰り出していたところを『ザ・カー』では上昇するスウィープと繊細かつ甘いソウルで味付けしている。

アレックス・ターナーが言うようにスタジオを思い描いてみる時、アークティック・モンキーズが10代でガレージでやっている姿を想像するのは簡単なことなのだろう。アレックス・ターナーがリーダーで、マット・ヘルダースとニック・オマリーがお調子者で、ジェイミー・クックはほぼ無口だが狡猾な賢者と言ったところだろうか。アレックス・ターナーは「ジェイミー・クックは言わば今でもバンドの門番なんだ」と語る。最近のジェイミー・クックは無表情の引き立て役で、スーツとサングラスに身を包みながら、右へ左へ重厚なリフを弾きながら、やさしくロックしてみせる。それはルーズで遊び心のあるアレックス・ターナーのショウマンぶりとは対照的だ。

「そこが新作と前作の大きな違いなんだろうなと思う。自分たちの探っているより大きくて新しいサウンドのダイナミクスを掴みきれていなかったんだ」と彼は語る。「でも、一緒にライヴをやったことがそこに辿り着く手助けをしてくれた。お互いのことをより気付くようになったんだよね。レコーディングしたのとは違う新たな状況に曲を持っていくと、まったく違う場所にいる自分に気付くんだよ」

『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』での全面的なサウンドの見直しは初期のよりラウドで血気盛んな頃のファンを動揺させるには十分なものだったが、アレックス・ターナーは当時のバンドにとって正しい一歩だったことを主張し続けている。「ああなったことにはすごく満足しているんだ」とアレックス・ターナーは改めて語ってみせる。「昔だったらできなかったかもしれないことを達成できたんだ。アルバムでまったく違うところに行く自信をくれたと思う」アークティック・モンキーズにとってこれまでで最も暗い曲であり、ディストーションと重厚の低いエレクトロニクスが炸裂する『ザ・カー』に収録の“Sculptures Of Anything Goes”では『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』の賛否両論について言及されている。「Puncturing your bubble of relatability with your horrible new sound(新しいひどいサウンドで親しみやすさのバブルを破裂させてやる)」

アメリカでプラチナ・ディスクを獲得し、最も商業的に人気のある『AM』も西海岸ラップに影響を受けた抑揚と低音重視のメロディーを持った作品で、リリース当時、アークティック・モンキーズにとって大胆な変化のように受け止められたことにアレックス・ターナーは言及している。「“Do I Wanna Know?”はそれまでやってきたことからの旅立ちのように思われたんだ。同じようなことだよね。僕らのサウンドがなお髪にグリースを塗っていて、アグレッシヴさがあることを認めなきゃならないほどだったんだ」

しかし、2019年3月にメキシコシティのフォロ・ソルで26000人の観客を前にライヴを行ったことは、アーティストとして最も試練だった時期との「華々しい別れ」になったとアレックス・ターナーは語っている。この公演のバックステージでアレックス・ターナーは『ザ・カー』のデモに取り組み始め、「自分たちのライヴの締めくくりで演奏できる曲にしたい」というアイディアがあったという。「あの公演のバックステージで曲を演奏する映像を見つけて、『新作はこのエネルギーを詰め込んだものにしよう』と思ったんだ。生々しくて、ダウンストロークのギターがたくさんあったよ」

フォロ・ソルで作った曲は最終的にお蔵入りになることになったが、この日の夜は『トランクイリティ・ベース・ホテル・アンド・カジノ』期が私たちがここ数年で目にしてきた以上にバンドの軽快な一面を解放することになったことを証明していた。“One Point Perspective”で最後の歌詞に合わせるように、それまで考えていたことを忘れたふりをするアレックス・ターナーの映像はネット上でミームとなったが、それはシンプルだけれど、効果的な仕草となっている。毎回、突然無表情になり、顎をさすりながら、何かを思い出すように宙を指差してみせる。「ああいう時は選択の余地すらないんだ。スポットライトを浴びると、抑えられないんだ」

そもそもなぜこのルーティンは始まったのだろうか? アレックス・ターナーは恥ずかしさで顔を強張らせながら次のように語ってみせる。「そうだな。自分でも24時間ごとに自問自答しているよ」

(次ページに続く)

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