
Photo: GETTY
モリッシーが10代の頃に自身が「ロックンロール・スター」になると予言していた、これまで未公開だった手紙のコレクションがオークションに出品される。
このコレクションは後にザ・スミスのフロントマンとなる彼が14歳から20歳だった1974年〜1979年にかけてバーミンガム在住のペンフレンドであるサイモン・ピットに送った何百ページにも及ぶ手書きの書簡で構成されている。
コレクションは「ビフォア・ザ・スミス:ザ・モリッシー・レターズ」と題されており、8月26日にドーソンズ・オークショニアーズによって全65ロットに分けて出品され、合計予想落札価格は2万2000ポンドを超えると見られている。
詳細はこちらから。
最初期の手紙は1974年3月に書かれたもので、当時14歳のモリッシーは次のように宣言している。「僕の野望はロックンロール・スターか、俳優か、あるいは作家になることなんだ」
サイモン・ピットが書いた当初のペンフレンド募集の申し込み書も添えられており、モリッシーは後にそこに「すべてはここから始まったと思うと……」と書き込んでいる。この手紙は300ポンドから500ポンドで落札されると見られている。
初期の手紙にはモリッシーらしい自信に満ちた言葉が記されている。「僕は常に自分が天才だと言ってきたけれど、誰も耳を貸さなかった」『ディスク』誌への就職がうまくいかなかった際のエピソードも含まれるこの手紙は400から600ポンドの評価額が付けられている。
これらの手紙には、マンチェスターの音楽史における極めて重要な時期に音楽に夢中だった一人の男子生徒がパフォーマーを志す若者へと成長していくモリッシーの姿が記録されている。
モリッシーは1976年にマンチェスターのレッサー・フリー・トレード・ホールで行われたセックス・ピストルズの伝説的なライヴを両方とも観に行ったことについても書いているが、当初抱いていたセックス・ピストルズを支持する気持ちを劇的に翻している。「セックス・ピストルズについては……痛ましいね」とモリッシーは述べている。「セックス・ピストルズについて言ったことはすべて撤回する。彼らは単にひどいだけだ。以上」
手紙にはパティ・スミス、ジョニー・サンダース、ジェリー・ノーランに会った時のこと、ニューヨークのCBGBに行った時のこと、有名になる前のザ・クラッシュに加入しようとして実現しなかったことなども綴られている。
手紙にはギタリストのミック・ジョーンズがモリッシーが音楽メディアに送った数多くの手紙を通じて自分のことを認識していたと主張しているものもある。台頭しつつあったパンク・シーンやセックス・ピストルズのメンバーとの出会いについても触れられているこの手紙は300ポンドから400ポンドで落札されると見込まれている。
別の手紙にはマンチェスターのパンク・バンド、ザ・ノーズブリーズのヴォーカリストに加入した際の興奮が綴られており、これはモリッシーにとって初のフロントマン体験となっている。「ショービジネスの世界に入ったんだ。何も知らないこの世界に飛び込んでやる」
その数週間後には、さらなる成功を見据えてモリッシーは次のように記している。「何となくレコーディングするようなことは絶対にしない。スーパースターになる準備は万端だ。もっとも、僕は前からずっとスターだったわけだけどね?」
最も高値が予想される手紙の一つが1977年の5ページにわたる手紙で、こちらは今回のアーカイヴ内で唯一となるモリッシーの写真が同封されている。パスポート用の写真の下にモリッシーは次のように綴っている。「世界中の気取り屋たちよ、団結せよ。1977年、UKのS.M.(※モリッシーのイニシャル)。もし眼鏡が似合わないなら、そもそも顔なんて必要ないんじゃない?」
この手紙にはブロンディ、パティ・スミス、ラモーンズ、セックス・ピストルズへの見解、ラモーンズがマンチェスターのエレクトリック・サーカスで行ったライヴの目撃談も含まれており、1000ポンドから1500ポンドの値をつけると見られている。
1979年の総選挙でマーガレット・サッチャーが勝利した後、モリッシーはサイモン・ピットに次のように尋ねている。「投票したかい? 労働党であることを願っているよ。哀れなサッチャーが僕ら労働者階級のためにどんな拷問を用意しているか、神のみぞ知るだ。考えるだけでも恐ろしい」
残されている最後の手紙ではある無名のバンドから誘いを受けたことをきっかけに、モリッシーが大学入学資格試験の英語の勉強を断念する様子が綴られている。「ロンドンのバンドから加入の誘いを受けたんだ。レコーディング契約なんかがすでにあるバンドなんだよ」
その手紙をもって5年間にわたる文通は終わることとなっている。その3年後にモリッシーはジョニー・マーと出会い、1982年にマンチェスターでザ・スミスを結成している。
サイモン・ピットは40年以上にわたってこれらの手紙を大切に保存していたという。サイモン・ピットはその後、詩人、ストーリーテラー、パフォーマーとして活動しており、2000年にはバーミンガムの桂冠詩人も務めている。サイモン・ピットは2025年に亡くなっている。
ドーソンズ・オークショニアーズのピーター・メイソンはモリッシーの形成期を知る上で「極めて貴重な」記録だと評している。「何よりも印象的だったのはモリッシーがいかにユーモアのセンスに溢れた人物かということです」
「どの手紙にも素晴らしいユーモアと心からのあたたかさが通底しており、彼をたまらなく魅力的な人物に見せてくれます。後にモリッシーの代名詞となる機知や紛れもない文学的な語り口に加え、これらの手紙はイギリスの文化史における興味深い一時期の姿も捉えています」
「ビフォア・ザ・スミス:ザ・モリッシー・レターズ」と題されたこのコレクションは、8月26日に行われるオンライン・オークションに出品される。
モリッシーは今年3月に6年ぶりとなる通算14作目のソロ・アルバム『メイクアップ・イズ・ア・ライ』をリリースしており、全英アルバム・チャートで3位を記録している。
Copyright © 2026 NME Networks Media Limited. NME is a registered trademark of NME Networks Media Limited being used under licence.



