
Photo: facebook.com/stevewinwood
スティーヴ・ウィンウッドは亡くなったトラフィックのメンバーであるデイヴ・メイソンに追悼の意を表している。
ロックの殿堂入りも果たしているデイヴ・メイソンは長年暮らしてきたネヴァダ州ガードナーヴィルの自宅で現地時間4月19日に亡くなっている。
近親者に代わってスポークスパーソンは次のように述べている。「家族に代わって深遠な悲しみと共にデイヴ・メイソンが亡くなったことを発表します」
「4月19日の日曜日、愛する妻のウィニフレッドと素晴らしい夕食を作った後、彼は愛犬のスターを足下に抱いて昼寝を始めました。そして、愛するカーソンバレーの美しい景色に囲まれ、お気に入りの椅子で安らかに息を引き取りました。まるで絵本のような最期でした。まさに彼らしい最期です。最期までこんな風に人生を送りました」
訃報を受けて、トラフィックのメンバーだったスティーヴ・ウィンウッドはソーシャル・メディアで追悼の意を表明している。
スティーヴ・ウィンウッドは次のように述べている。「デイヴ・メイソンの訃報を聞いて、深く悲しんでいます。デイヴ・メイソンはトラフィックの最初期のチャプターに参加してくれて、バンドのサウンドとアイデンティティの形成に重要な役割を果たしてくれました。彼のソングライティング、ミュージシャンシップ、そして独自の精神性は、時代を超えて長く愛され、世界中のリスナーにとって今もなお大きな意味を持つ音楽を生み出すのに一役買ってくれました」
「あの歳月はバンドの歴史の中でも特別な時期であり、デイヴの貢献は決して忘れられることはありません」とスティーヴ・ウィンウッドは続けている。「その歴史において彼の存在は常に思い出されることでしょう。そして、音楽を通して彼の存在感は生き続けています。今は悲しい時期ですが、家族、友人、そして彼と彼の音楽を愛したすべての人々に心からお悔やみ申し上げます」
ウスターで生まれたデイヴ・メイソンは1967年にスティーヴ・ウィンウッド、ジム・キャパルディ、クリス・ウッドと共にトラフィックを結成している。
彼のソングライティングはすぐにバンドのアイデンティティの中核となり、“Feelin’ Alright”や“Hole in My Shoe”といった楽曲を手掛けている。
デビュー・アルバム『ミスター・ファンタジー』の直後にバンドを脱退したものの、デイヴ・メイソンはその後数十年にわたり何度か復帰しており、1971年の再結成や2004年のロックの殿堂入り式典にも参加している。
トラフィック以外でもデイヴ・メイソンはソロ活動やコラボレーションでキャリアを築いており、ジョージ・ハリスン、ジミ・ヘンドリックス、ザ・ローリング・ストーンズと共演したほか、デラニー&ボニー&フレンズの一員としてエリック・クラプトンとツアーを行っている。デイヴ・メイソンは短い期間、フリートウッド・マックにも在籍しており、1995年発表のアルバム『タイム』にも参加している。
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