ポール・マッカートニーはジョン・レノンが殺害される前に友人関係を修復できたことに安堵した心境について語っている。
1969年にジョン・レノンがザ・ビートルズを脱退して以降、2人の間には確執が生まれ、ザ・ビートルズのバックカタログを巡る法的闘争にまで発展する事態となっていた。
70年代を通して二人の間では疎遠な関係が続くこととなったが、1980年にニューヨークの自宅外でマーク・チャップマンに殺害される前に再び親しい関係になったとポール・マッカートニーは語っている。
12話で構成されるポッドキャスト『ア・ライフ・イン・リリックス』でポール・マッカートニーは次のように語っている。「最後、すごくよかったことは、殺害される前に彼と素晴らしい時間を過ごすことができたんだ」
「彼が殺害されて、まだよくない関係のままだったら、世界でも最低なことになっていた。自分にとって巨大な罪悪感になっていたと思う。幸い、僕らは有効的になれて、パンの焼き方について話をしたんだ」
「忘れられないのは僕は彼を法廷で訴えたんだ。リヴァプール出身の長年の友人を法廷で訴えることになった。いろんなことがあって、そんなことにまでなってしまった」
ポール・マッカートニーは以前、ジョン・レノンが亡くなる前に交わした電話での会話についても振り返っている。ポール・マッカートニーは1984年に『プレイボーイ』誌で次のように述べている。「それが僕にとっては慰めとなっている。お互い腰を降ろして、自分たちの違いを埋めることはなかったというのは悲しいからね。幸運なことに彼とした最後の電話の会話は素晴らしいものだった。激しい口論になることはまったくなかったんだ」
先日、ポール・マッカートニーは同じポッドキャストでジョン・レノンの存在がソングライティングに与える影響について改めて語っている。「よく考えることがあるんだ。『ジョンだったら、どう思うだろう? 彼だったらやけに感傷的だなと思うんじゃないかな』ってね。そうしたら、歌詞を変えるんだ」
一方、ポール・マッカートニーはザ・ビートルズの4人として最後の楽曲をAIの力を借りて完成させたことを明かしている。曲名については正式に発表されていないものの、ポール・マッカートニーはAIの使い方について次のように述べている。「このプロジェクトについては混乱と憶測もありました。多くの勘違いもあったようです。現段階ではあまり多くは語れませんが、はっきりさせておきたいのは人工的、もしくは合成的に作られたものは一切ありません。すべてリアルなもので、私たちが演奏しています。私たちは存在していた音源をきれいなものにしただけで、これはこれまでもやってきたことです」
ポール・マッカートニーは10月18日にアデレードのエンタテインメント・センターで公演を行って、オーストラリア・ツアーを開幕させている。
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