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マット・ヒーリーは最も「意識が高かった」時も誰かに批判されたり、発言を撤回したり、謝罪することも厭わなかったと語る。不完全さこそが私たちを分け隔てるものだと。「すごく自由だと思っているよ。自分のレコード・レーベルもあるしね」と彼はビーバドゥービーやリナ・サワヤマが所属するダーティ・ヒットについて語っている。「上の人間もいないしね。これはいろんな人に通じるよね。最近はいろいろ手入れされたから。自分たちがセックス・ピストルズだなんて言うつもりはないし、自分が慣習に逆らう人間だとも思わない。ちょっとジョークが面白いっていうだけだよ」

最近はソーシャル・メディアもやっているマット・ヒーリーだが、ずっと関わるつもりはない。世の政治があまりにも不条理な時はコメディと現実で反撃してみせる。その純粋さが『外国語での言葉遊び』の原動力となっている。このアルバムには最もダイレクトなザ・1975の姿がある。「このアルバムには誤魔化しはないんだ」とマット・ヒーリーは語っている。「ソーシャル・メディアをしばらくやっていなかったから、不安になることもなかったんだ」

前作『仮定形に関する注釈』は22曲80分という長さで、キッチンのシンクのように混沌としていたが、『外国語での言葉遊び』に余分な脂肪はない。“Happiness”の上品なポップネスの高揚感から、“Looking For Somebody To Love”の肩パッドの入った80年代風の大袈裟さ、“Human Too”の削ぎ落とされたバラードまで、ザ・1975の最良の要素が最も洗練された形になっている。

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一方ではユーモアもある。「I like my men like I like my coffee: full of soy milk and so sweet, it won’t offend anybody(コーヒーのように男のことも好きだ。豆乳たっぷりで本当に甘い。誰の気分も害さいないだろう)」と彼は壮大な“Part Of The Band”で吐き捨てる。“Wintering”では「ジョン」という「デブに夢中」の「10歳」のキャラクターが登場し、Qアノンやキャンセル・カルチャー、母親についての刺激的な一節も見られる。

一方、マット・ヒーリーの感情を寄り道なく直接感じられる部分もある。「ジョークに最適なところのある曲もあるけど、一番大変だったのは真摯になることだった」と彼は語っている。「インターネットで何でも言いたいことを言える時代だけど、アルバムでは『愛していると言ってくれ。聞きたいことはそれだけだから』とか『大丈夫かもしれないと思えるのは一緒にいる時だけだ』なんて言っているんだ。『僕が君のことを忘れたとでも思っているのかい?』とか言って、自分を茶化すようなことはしていないんだ」

「他のアルバムでは最後に『なんてね』と言ったり、ふざけた冗談にしてきた。感傷的になりそうになると、それを避けていたけど、戻ってきた時に自信があったんだ」

8月にレディング&リーズ・フェスティバルのヘッドライナーを務めた時にはザ・1975から自信が溢れ出しているのを感じただろう。「レディング、お気に入りのバンドを迎えてほしい」とマット・ヒーリーはメイン・ステージから笑ってみせた。マット・ヒーリーは観客をもてなしながら、あくまでシンプルに自らを証明してみせた。「彼らはポップ・ソングとライヴのやり方を知っている」と『NME』は評している。

「一度こうだと決めたら、アルバムを作るのは楽だけど、でも、ここまで辿り着くのはつらかったよ」とマット・ヒーリーは語っている。「依存症を再発しかけたり、メンタル・ヘルスの問題だったり、大変な時期がいろいろとあった。ステージに戻ったら『いいね。これぞ求めていたものだ。素晴らしい居心地だよ』となるんだけどね」

とはいえ事件がなかったわけでもない。リーズ・フェスティバルのステージではレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンに代わって出演したことについてマット・ヒーリーの発言は予定通りにはいかなかった。「僕らがレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンじゃなくてゴメンよ。でも、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンって誰だ?」と彼はこの時だけは言葉を間違えてしまった。「誰がレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンになれるんだ?」と彼は言うつもりだった。ソーシャル・メディアは怒りに溢れ、ライヴの後にインスタグラムのストーリーでマット・ヒーリーは騒動を収めるために説明することになった。失敗したと思ったら、彼は引き返す。

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マット・ヒーリーは次のように語る。「映像を観返したんだけど、『あの言い方はひどい!』と思ったよ。レイジのことは大好きなんだ。自分たちを同列に置くのを受け入れるなんて、おかしなことだから、混乱していたんだと思う。ちゃんと言葉にできなかったんだよ」

しかし、向こう見ずな一面も戻ってくる。「もしもレイジをこき下ろすんだとしたら、覚悟を決めて立ち向かうよ。怖いわけじゃないんだ」

マット・ヒーリーはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンという「前世代の最高のロック・バンドに拍手を」するようリーズ・フェスティバルの観客に求めたが、かつて同じく今年のレディング&リーズ・フェスティバルでヘッドライナーを務めたアーティストに送った発言とも関連してくる。2018年にマット・ヒーリーはアークティック・モンキーズについて「2000年代のバンド」と賛辞を寄せて、自分たちは2010年代のバンドだと発言している。では、2020年代という新しい10年はどうなのだろうか?

「まだ自分たちが2020年代で最も重要なバンドになり得ると思っているよ」とマット・ヒーリーは語っている。「そうなるんじゃないかという予測はあるけれど、定義の問題になってくるよね」マット・ヒーリーは「アークティック・モンキーズが現役で、素晴らしいレコードを作り、今なおバンドである」ことを認めて、「望めばいつだって第一線になれる」としながらも(そして「フォンテインズD.C.のようなバンドに夢中だ」と言いながらも)、「ギターを提げた白人が世界を変える」ほうへとカルチャーは向かっていないと述べている。そして、それはザ・1975が泳ぐべき池でもない。

「僕らの場合、『バンド』の世界とは別にして、ラナ・デル・レイやテイラー・スウィフト、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマーの隣に置いてみる必要があるんだ」と彼は続けている。「彼らは10年にわたって活躍しているけど、誰にもなぜ現在進行系なのかなんて訊かれない。僕らは形式としてバンドであるだけなんだ。アークティック・モンキーズといったこれまで続いてきた従来のバンドほどフォーマルじゃないんだよ。ポスト・アークティック・モンキーズなんだ」

『外国語での言葉遊び』は30代になって初めて曲を書いた作品でもある。デビュー当時の若々しさからは程遠いが、マット・ヒーリーはザ・1975が若いことを問題にしてきたのではなく、自分たちがどこにいるかを問題にしてきたと語っている。

「『ネット上の人間関係についての簡単な調査』を作っている時に少し大人になったんだよ。大人になり続けたとしてもセクシーじゃなくなるわけじゃないから、怖くはなかった。今じゃ自分たちの最もセクシーな部分だと思う。ツアー名を『アット・ゼア・ヴェリー・ベスト(最高の形で)』というものにしたのもだからなんだよ。もう腑に落ちたんだ」

(次ページに続く)

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