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ザ・ビートルズはブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書が27万5000ポンド(約3700万円)で落札されたことが明らかになっている。

ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、オリジナル・ドラマーだったピート・ベストの4人からなるザ・ビートルズは1962年1月に初めてブライアン・エプスタインと契約を結んでいる。当時の契約はザ・ビートルズの収入のうち10%がブライアン・エプスタインの収入になるというもので、週120ポンドを超えた場合は15%になるというものだった。ブライアン・エプスタインからは当初、報酬の20%を渡すという提案がなされていたものの、ポール・マッカートニーが交渉でこの割合を下げることに成功したのだという。

ザ・ビートルズのメンバーは当時全員が21歳以下だったため、契約書はそれぞれの保護者の承認を必要とするものとなっていた。今回、契約書はブライアン・エプスタインの広報担当だったアーネスト・ヘクトによって彼の慈善団体へのチャリティのためにオークションに出品され、27万5000ポンド(約3700万円)の値段で落札されている。

ブライアン・エプスタインは1961年11月、ザ・ビートルズがリヴァプールのキャヴァーン・クラブでギグを行った時に初めて彼らと出会っており、ドイツのポリドールとの契約を解消させて、後に彼らをEMIとの契約に導いている。

ザ・ビートルズとブライアン・エプスタインは1962年の10月にピート・ベストの代役としてリンゴ・スターが加入したことを受けてブライアン・エプスタインにわたる報酬の割合を増やした2度目の契約を結んでいる。

オークション・ハウス「サザビー」の専門家であるガブリエル・ヒートンはBBCに次のように語っている。「ブライアン・エプスタインはステージ上での情熱やエネルギー、生々しいセクシャリティに感銘を受けていました」

「ザ・ビートルズはそうしたエネルギーは持っていたものの、エプスタインはそこにプロフェッショナリズムを叩き込んだのです。エプスタインは彼らにステージでの食事をやめさせました。彼はバンドにきっちりしっかりと演奏させ、ステージの最後にはお辞儀させるようにしました」

一方、ステラ・マッカートニーは先日、「オール・トゥギャザー・ナウ」と題したザ・ビートルズに着想を得たコレクションを発表している。

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