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カーマイン・アピスはジョン・ボーナムが亡くなった後、レッド・ツェッペリンから加入を打診されたという噂について語っている。
ヴァニラ・ファッジ、カクタス、ロッド・スチュワートでの演奏で知られているカーマイン・アピスは1980年にジョン・ボーナムが亡くなった際、後任候補になっていたのではないかという憶測を呼ぶこととなっていた。
新たなインタヴューでカーマイン・アピスは当時、噂を知っていたことを認めつつも、レッド・ツェッペリンから正式な形で打診されたことは一度もないと語っている。
ポッドキャスト『トーク・ラウダー』に出演したカーマイン・アピスはジェフ・ベック・グループのコージー・パウエルと自分が候補に挙がっていたという噂は聞いたことがあるものの、たとえ打診されていたとしても、当時ロッド・スチュワートのツアーに参加していたため、引き受けることはできなかっただろうと振り返っている。
「引き受けたかったけど、当時はロッド・スチュワートと一緒にやっていたからね」とカーマイン・アピスは語っている。「誰ともやっていないという状態ではなかった。ロサンゼルスのフォーラムで6公演を終えたところだったんだ」
「それでロッド・スチュワートが私に『レッド・ツェッペリンに入るのかい?』って尋ねてきた。だから『自分の知る限りでは違うよ』と言ったんだ。『噂は知っているけど、電話も何ももらってない』ってね。そうしたら、ロッド・スチュワートは『それはよかった。噂は広め続けよう。自分が引退するっていう噂もあるから、それも広めよう。チケットがもっと売れるだろう』と言ったんだ。私は『分かったよ』と答えた。そういうことだったんだ。でも、打診はなかったよ」
ジョン・ボーナムは1980年9月25日に大量飲酒による嘔吐物の誤嚥によって享年32歳で亡くなっている。最終的にレッド・ツェッペリンはジョン・ボーナムの代わりはいないとして、後任を探さず、その後まもなく解散している。
1985年のライヴ・エイドではフィル・コリンズがドラマーを務めており、1995年のロックの殿堂入り式典や2007年にロンドンのO2アリーナで開催されたアーメット・アーティガン追悼コンサートなどでは、ジョン・ボーナムの息子のジェイソン・ボーナムがドラマーを務めている。
レッド・ツェッペリンについてはロバート・プラントが2026年のレコード・ストア・デイでレコード・ストア・レジェンドに就任している。
ロバート・プラントは就任については次のように語っている。「レコード店は常に生活の一部だった。私にとって実物のレコードを手に取るのは、アーティストが何を考えていたのかを知り、その一部になりたいという気持ちがあるからだ。1966年からレコードを作り続けている人間として、みんなも特別なものを持ち帰って、アーティストが作り上げたすべての要素を楽しみたいと思っていることを知っている。求めているのは音楽とアート全体にある繋がりなんだ」
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