
Photo: Henry Diltz
リンゴ・スターがニュー・アルバム『ロング・ロング・ロード』に際して『NME』のインタヴューに応じて、カントリー・ミュージック人気の再燃、ザ・ビートルズに与えた影響、サム・メンデス監督による伝記映画について語っている。
4月24日にリリースされた『ロング・ロング・ロード』はリンゴ・スターにとって通算22作目のソロ・アルバムだが、1970年発表のセカンド・アルバム『ボクー・オブ・ブルース』と昨年リリースされた『ルック・アップ』に続いてカントリーやアメリカーナに取り組んだ3枚目のアルバムでもある。T・ボーン・バーネットとの二度目のコラボレーションとなる本作はビリー・ストリングス、シェリル・クロウ、セイント・ヴィンセントも参加しており、全10曲が収録されている。
リンゴ・スターはZOOMで短いインタヴューに応じてくれたのだが、会話は背景に並んだレコード棚に目を向けることから始まった。「2014年にスーツケーツの入れて、ロサンゼルスまで運んできたんだ」とリンゴ・スターは振り返っている。「イングランドの家を売ったんだけど、アルバムがあったから、『3人の子どもたちに適当にあげようかな』なんて言っていたんだ。1枚ずつね。どのアルバムでもよかった。でも、見返してみた時に『やっぱり止めよう。好きだから』と思ったんだ。それで今も倉庫に保管しているよ」
リンゴ・スターは次のように続けている。「息子のザック・スターキーが若かった頃に私のところに来て、『父さん、このレコードは聴かないと。レイ・チャールズって言うんだよ』と言ってきたのを覚えているよ。父親らしく、『父さんは何年もそのレコードを聴いてきたんだ』と答えけどね。レコードには楽しい思い出がいっぱいあるんだ」
子どもからひどいものを聴かされたことはないのかと尋ねると、リンゴ・スターは次のように答えている。「そんな風に思ったことはないね。義父に教えられたんだ。音楽が好きで、自分の小さな部屋で音楽を聴くような最高の義父だったんだけどさ。『そんなくだらない音楽を止めろ!』なんて言ったことは一度もなかった。『何を聴いているんだい?』と言ってくれて、自分も3人の息子にそうしてきた。子どもたちも私と同じように、年月を経て変わっていった。これは君だからする内々の家族の話だけどさ」
本名をリチャード・スターキーという若き日のリンゴ・スターが大人になり、最初のバンドに加入して、1950年代後半のリヴァプールで音楽シーンに足を踏み入れたのはまさにその音楽への好奇心からだった。物心ついた頃から、カントリー・ミュージックは彼の心の中で「大きな位置を占めていた」が、「ブルース、モータウン、バディ・ホリーなんかも同じくらい好きだった」という。
「カントリー・ミュージックが最初だったんだ。レコードを集めようと初めて思った」とリンゴ・スターは振り返っている。「ポップ・ミュージックもあったけど、イングランドではあんまり聴けなかった。ジブラルタルかどこかに世界最大のアンテナがあったおかげで、日曜日の午後4時にはBBCでアラン・フリードの番組が流れていたんだ。アメリカの音楽をいろいろと聴けた。何百というね。友人のロイ・トラッフォードと私は日曜日は何をしても、いつも一緒にその番組を聴いていたんだ」
リンゴ・スターは次のように続けている。「ラジオから流れてくる音楽、商船隊の連中から伝わってくる音楽が、ドラムと同じように私の生活の一部になった。よく行って練習していたんだけど、近所の人たちの罵詈雑言は口にするのもはばかられるよ。みんな、怒鳴り散らかしていた。静かにしないと、何人かがやってきて、いろいろ言ってくるんだ」
リンゴ・スターはロイ・トラッフォード、近所に済んでいたエディ・マイルズと共に最初のスキッフル・バンドを結成した後、ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズに加入し、その後。ザ・ビートルズに加わることとなっている。ポール・マッカートニーはかつてリンゴ・スターについて「ザ・ビートルズの中で最初にカントリーを紹介してくれた人物」と評している。
その経緯を尋ねられた85歳のリンゴ・スターは次のように振り返っている。「私はいつも1曲だけ曲を任されていた。メンバーが曲を書いてくれることもあれば、曲がないこともあった。曲をくれないこともあったんだ」
「曲を聴いてもらうために他の人たちを連れていっていた。というのも、最初に曲を書き始めた時は、私が歌って他の3人のメンバーに聴いてもらうんだけど、3人は床を転げ回って笑っていた。私が有名な曲を書き直していることを知らなかったから笑っていたんだ。もう長いこと、他の人と一緒に曲作りをしてきたし、たまには一人でも曲を作っているよ」
ザ・ビートルズにカントリー・ミュージックならではの「胸を打つストーリーテリング」を持ち込んだリンゴ・スターだが、2年連続となる形で通算22作目となるソロ・アルバムを今回リリースしている。リンゴ・スターはその長く活動が続く秘訣として音楽への「愛」とコラボレーションの必要性、特に現在も活動を続けるスーパーグループ、オールスター・バンドとの関係を挙げている。
「自分はドラマーだから、周りに何人か仲間が必要なんだ」とリンゴ・スターは語っている。「自分とドラムだけでツアーに出たいくらいだけどね。でも、ある時点で『他のメンバーも必要だ』と思って、1989年にオールスター・バンドを結成することを思いついた。当時は電話帳があったんだけど、電話してくれた人がみんな、やるよと言ってくれたんだ」
「電話帳を閉じないと、ステージに40人も人が上がってしまうことが分かってね。いいバンドが集まったんだけど、初めての時は緊張した。リヴォン・ヘルムと私がいて、大好きなドラマーであるジム・ケルトナーもセキュリティとして参加してくれた。3人もドラマーがいたんだよ」
ドラマーと一緒にいるのが好きなんですか?と尋ねると、リンゴ・スターは次のように語っている。「そうだね。でも、ドラマーだからだけじゃない。ジム・ケルトナーとは長年の知り合いで、いい友人であり、仲間同士なんだ。いろんなアルバムで共演してきたから、お互いのことをよく分かっている。私がフィルをやったら、次は彼という感じで、彼が終わるまで私も叩かない。踏み込むことなく、息の合った演奏をできるんだよ」
「シンガーとも共演してきた。シンガーが美しいラインを歌っているときは、私が激しく演奏する必要はない。ブレイクポイントを感じ取って、盛り上げたり、落ち着かせたりできる。それが自分のやり方だね」
アルバム『ロング・ロング・ロード』はリンゴ・スターがコラボレーションを愛する理由を改めて示す作品となっている。真の「カントリー・ガイ」であるT・ボーン・バーネットだけでなく、ビリー・ストリングスやセント・ヴィンセントといったアーティストとも本作では共演している。
「このアルバムに参加してくれたゲストはそれぞれ違うものを持ち込んでくれた。みんな、素晴らしいプレイヤーであり、シンガーだからね」とリンゴ・スターは語っている。「長年、この世界で活躍してきた素晴らしいミュージシャンたちだし、T・ボーン・バーネットがそこには関わっている。私の目では彼はこのアルバムで一つもミスをしていないと思う」
リンゴ・スターにとっては生涯を通して愛してきたものかもしれないが、カントリー・ミュージックは近年、新たな世代において世界各地で人気が再燃することとなっている。TikTokを席巻して、スタジアムを埋め、フェスティバルでもヘッドライナーを務めるという形で、ビヨンセ、ポスト・マローン、モーガン・ウォーレン、ザック・ブライアンといったアーティストのおかげでジャンルが融合する動きが起こっている。
「カントリーのサウンドはよりカントリーらしくなってきているよね」とリンゴ・スターは近年の人気再燃について語っている。「ペダル・スティールを使ったロック路線もあったし、すごくポップな時期もあった」
「私が最初に聴いていたカントリー・ミュージックはエモーショナルなものだった。今回のアルバムに入っている“She’s Gone”も『She waited in the station while I waited in the train, as I travelled down the tracks, she was standing in the rain(列車を待つ間、彼女も駅で待っていた。下っていくと、彼女は雨の中に立っていた)』という一節がある。これぞカントリーだよね。カントリーは物語やエモーションの部分が好きなんだ」
元々好きだったアメリカーナと初期の頃に歌ってきた曲の数々が『ロング・ロング・ロード』では様々な形で蘇っている。ザ・ビートルズにとって最大のヒーローの一人であるカール・パーキンスの“I Don’t See Me In Your Eyes Anymore”のカヴァーは、ザ・ビートルズが“Honey Don’t”や“Matchbox”をカヴァーしてから数十年が経ち、リンゴ・スターがリード・ヴォーカルを務めている。
“Choose Love”はサウンドと歌詞にザ・ビートルズへの自己言及的なオマージュが込められており、リンゴ・スターは「The long and winding road is more than a song/ Tomorrow never knows what goes on(長く曲がりくねった道は曲以上のもの/明日何が起こるかは誰にもわからない)」と歌っている。リンゴ・スターは歌詞の多くをナッシュヴィルのコラボレーターに任せたが、「No matter what you choose, choose love(何を選ぼうが関係ない。愛を選んで)」という印象的なフレーズは例外となっている。「あの一節は私のものだね。みんなは違うと言うかもしれないけど」とリンゴ・スターは笑っている。
『ロング・ロング・ロード』のリリース後にはリンゴ・スターはオールスター・バンドと共にツアーにでる予定となっているが、その後には再びブルース・シュガーとコラボレーションして「何曲か書く」予定となっている。その後にはユニバーサル・ミュージックが新たにリリースするベスト・アルバム、そして、サム・メンデス監督によるザ・ビートルズのメンバーそれぞれが描かれる伝記映画が待ち受けている。
「いわゆる映画なんだ」とリンゴ・スターは語っている。「ドキュメンタリーっぽいものを考えていたから、考え方を改めなきゃいけなかった。サム・メンデスは素晴らしいよ。イングランドに行って、2日間、私の脚本に目を通したんだ。サム・メンデスはポールの脚本も、ジョンの脚本も、ジョージの脚本も持っていた。それぞれの映画にお互いが出てくるんだろうけど、脚本家が手掛けたストーリーラインがあるんだよ。私に言えるのはそこまでだね」
リンゴ・スターは次のように続けている。「サム・メンデスは見事だった。私の気に入らない部分があったんだけど、それを削除してくれたんだ。スタジオ外でやったことが、スタジオでやったことになっていて、俳優たちがスタジオで演技したんだ。撮影現場に行ってみたんだけど、8エーカーもの広大な敷地に屋根が張ってあって、本当に素晴らしかったよ。サム・メンデスはいい奴で、率直なんだ」
ザ・ビートルズが常に新しい世代のファンを生み出し続けているように、リンゴ・スターもまた自身のライヴでますます若い世代の観客を獲得している。2028年4月に映画が公開されれば、その数はさらに増えるだろう。
「そう言ってくれて嬉しいね。オールスター・バンドとのライヴではティーンエイジャーの姿も目にするんだ」とリンゴ・スターは続けている。「私と同年代の人もたくさん来てくれるけど、ライヴをやると、かん高い叫び声が聴こえてくるんだよ」
「自分たちのやりたいことをやるだけだけどね。3人来てくれたら演奏する、というのが私の哲学なんだ。それが自分たちにできることだからね」
リンゴ・スターは5月29日にリリースされるポール・マッカートニーのニュー・アルバム『ダンジョン・レインの少年たち』に収録される“Home To Us”にも参加している。
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