
Photo: GETTY
トゥパック・シャクールの殺害事件で起訴された人物についてラスベガスの陪審団は有罪の評決を下している。
現地時間8月31日、陪審団はドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスに第一級殺人罪での有罪を言い渡している。量刑は後日言い渡される予定だが、ドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスには終身刑が科される可能性がある。
陪審団は検察側と弁護側による最終弁論を聞いた数時間後に評決を下している。検察側のマーク・ディジャコモとビヌ・パラルはドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスについてギャングのリーダーにして指示役だったとして、実行犯に銃を渡してトゥパック・シャクールを殺害するよう指示したと主張していた。
「ドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスは銃器を調達して、グループを集め、トゥパック・シャクールの狩りに繰り出しました」とビヌ・パラルは陪審団に語ったという。
一方、ドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスの弁護士であるマイケル・サンフトはトゥパック・シャクールを殺害した武装集団の一人だったとする被告の発言は悪名高い銃撃事件を利用して金と名声を得ようとした「作り話」だと主張している。
マイケル・サンフトは陪審団に次のように語っている。「結局のところ、ドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスが第一級殺人に関与したという主張について、検察側は合理的な疑いの余地がないほどに立証することはできないことは分かっていただけると思います」
トゥパック・シャクールは30年前の1996年9月7日に銃撃を受けている。それに先立って、トゥパック・シャクールはマイク・タイソンのボクシングの試合後、MGMグランド・ホテルのロビーでドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスの甥であるオーランド・“ベイビー・レーン”・アンダーソンにシュグ・ナイトと共に暴行を加えていた。以前にオーランド・“ベイビー・レーン”・アンダーソンはシュグ・ナイトの仲間からデス・ロウのメダルを奪おうとしたことが発端となり、両者の間には対立が生じており、それがMGMグランド・ホテルでの衝突に繋がることとなったとされている。
検察はドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスが少なくとも3人の仲間を集めて、トゥパック・シャクールとシュグ・ナイトを追っていたとして、シュグ・ナイトのSUVに向けて発砲し、最終的にトゥパック・シャクールを死に至らしめた人物についてドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスは何十年も名前を明かしていないという。入院後、トゥパック・シャクールは9月13日に25歳で亡くなっている。
2019年にロサンゼルスのギャング組織「クリップス」のリーダー格だったドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスは回顧録を出版しており、その中でシュグ・ナイトとトゥパック・シャクールの車に横付けした車両に同乗していたことや、銃撃が行われた際、後部座席にいた人物に銃を手渡したと述べている。しかし、裁判では弁護士を通じてそうした発言を翻している。
一方、クラーク郡の検察当局は以前からドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスを殺害事件の首謀者と疑っていたが、回顧録の出版や彼自身がメディアに出演して銃撃について語るまでは起訴に足る十分な証拠を得られていなかった。2023年、検察当局はドゥエイン・“ケフィー・D”・デイヴィスを銃器を使用した殺人罪で起訴する大陪審の決定を取り付けている。ネバダ州では殺害を画策したとされる人物も実行犯と同様に殺人罪で起訴することが可能となっている。
裁判は8月中旬に始まって、2週間にわたって審理が行われている。
Copyright © 2026 NME Networks Media Limited. NME is a registered trademark of NME Networks Media Limited being used under licence.



