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ウータン・クランは結成メンバーであるオール・ダーティー・バスタードの名前を関したブルックリンのストリートが公開されている。
現地時間7月25日に行われた式典でブルックリンのベッドフォード=スタイベサント地区にあるパットナム・アヴェニューの一部が「ODB・ジョーンズ・ウェイ」と正式に命名されることが発表されている。
このイベントにはオール・ダーティー・バスタードの友人や家族、地域住民、そしてニューヨーク市議会議員のチ・オッセをはじめとする行政関係者が出席している。新しい標識はフランクリン・アヴェニューとパットナム・アヴェニューの交差点で初披露されている。
オール・ダーティー・バスタードの兄であるラムジー・ジョーンズは標識が設置された場所について、彼らの祖母が今も暮らしているのと同じブロックであると説明している。
そのブロックにはオール・ダーティー・バスタードが1995年に発表したソロ・デビュー・アルバム『リターン・オブ・36・チェンバーズ』のジャケット・アートを描いた有名な壁画でも知られている。
1968年にブルックリンでラッセル・タイロン・ジョーンズとして生まれたオール・ダーティー・バスタードは1990年代初頭にウータン・クランを結成して、1993年の画期的なデビュー・アルバム『燃えよウータン』に参加している。
その後、オール・ダーティー・バスタードは『リターン・オブ・36・チェンバーズ』でソロ・キャリアをスタートさせ、マライア・キャリーの“Fantasy”のリミックスにも参加している。
オール・ダーティー・バスタードは2004年11月、36歳の誕生日の2日前に、不慮のドラッグのオーヴァードーズで亡くなっている。
今回のストリートの命名は、ヒップホップ・アーティストのその後の世代に与えた影響を認め、ニューヨーク市議会が2023年に彼の誕生日である11月15日を「オール・ダーティ・バスタード・デイ」と制定したことに続くものとなっている。
一方、ウータン・クランは今年5月に「さらばウータン、最後の邂逅」と題して29年ぶりの来日公演を行っている。
フェアウェル・ツアーに際して『NME』の取材に応じたレザはこのツアーの目的はグループの功績を確固たるものにすることだったと語っている。
「多くの英雄が称えられることなく終わってしまうものだが、率直に言って、私はそれをよしとはしたくなかったんだ」とレザは語っている。「自分たちの足跡を明確にしておくべき時が来たんだよ」
「俺たちがいなければ、多くのことは実現しなかっただろう。俺たちがブレイクしなければ、他の多くの連中もブレイクすることはなかったはずだよ」
ウータン・クランは今年11月にオアシス、アイアン・メイデン、シャーデー、ジョイ・ディヴィジョン/ニュー/オーダー、フィル・コリンズ、ビリー・アイドル、ルーサー・ヴァンドロスと共にロックの殿堂入りを果たすことが決定している。
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