昨年のちょうどこの時期、ニューヨークで『NME』の取材に応じたマット・ヒーリーは、自身のバンドであるザ・1975の新作について「世界がこのアルバムを求めている」と語っていた。いつも通りのエロティックな雰囲気とロック・ミュージシャンらしい傲慢さを放ちながら、アルバム制作中の心境の変化について彼は解説してくれた。それはビッグで、非常識なアルバムについてのビッグで、非常識な発言だったのだが、彼の発言はあながち間違いではなかったことを認めざるを得ない。なぜなら本日、マット・ヒーリーは、最高級ホテルのウォルドルフ・アストリア・シカゴのバーで、『君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。』が『NME』のアルバム・オブ・ザ・イヤー2016の1位に選ばれたと告げられるからだ。ペアレンタル・アドバイザリーの文言がプリントされた黒のフードつきパーカー姿で登場したこのフロントマンは、順位に関して実に平然とした様子で「いい気分だよ」と述べつつ、続けて肩をすくめながら次のように続けている。「ただ少しはゴメンと言うべきだよね、なぜなら、君たちは僕らを世界で一番最低なバンドと呼んでいたんだからさ(2014年のNMEアウォーズでワースト・バンド部門を受賞している)」よくぞここまで成長してくれたものだ。
ご存じない方々のために、軽くおさらいしておこう。『アイ・ライク・ホェン・ユー・スリープ……(マット・ヒーリー自身も使う略称)』は、熱狂的人気の一方で、批評家に無視された2013年のデビュー作に続く、ザ・1975のセカンド・アルバムである。デビュー作でバンドは躍進し、とりわけカリスマ性があったマット・ヒーリーは精神的な苦難を経験するほどの大きな名声を手にした。ツアーのスケジュールが殺人的なものだったことから、自己破壊的なまでに地に落ちてしまった彼は、セカンド・アルバムで実績と癒しの両方を手にする。シングル曲の“Ugh!”以上に、コカイン中毒を巧みに表現した楽曲はない。「人生が一変したから、イギリスのマックルズフィールドで退屈に暮らす中流階級のティーンエイジャーみたいな曲は書けなくなった。かといって『有名でかわいそうな僕』みたいな曲は書きたくなかった」とマット・ヒーリーは語っている。「ほら、例えば『シャンパンは飽きたぜ』とか『3Pってキツくない?』みたいな曲だよ。だから、自分の内面を歌うことに決めたんだ。パーティーに出かけるばかりの歌じゃなくて、己との対話に関する歌をね」
『アイ・ライク・ホェン・ユー・スリープ……』は、デビュー作をはるかにしのぐ作品という点で、まれなセカンド・アルバムであり、その幅広いサウンドは、デヴィッド・ボウイ、ヤズー、ディアンジェロといった広範囲に及ぶアーティストからの影響を象徴している。「あらゆる創作活動は、他者を真似することから始まる。僕の場合でもそれは同じことだよ」とマット・ヒーリーは口にする。「いろんなアーティストの作品で、取り入れたいなと思う曲の一覧を作ったんだ。あんな感じの曲にしたいから、やってみようってね」
2016年は、ビヨンセやドレイク、フランク・オーシャン、レディー・ガガ、レディオヘッドなど、錚々たるアーティストが新作をリリースした1年だった。そんななか、『NME』のアルバム・オブ・ザ・イヤー2016で上位2作を占めたのは、他のどのアーティストよりも大きな賭けに打って出たアーティストである。変化し続けるアルバム、『ザ・ライフ・オブ・パブロ』のカニエ・ウェスト。そして、「映画並みに収録分数が長く、既存のジャンルの枠にとらわれないサウンドで、意図的に大袈裟に仕上げられた大作」をリリースした、ザ・1975である。「シネマティックな感じにしたくて、1本の映画くらいの長さにしたかった」とマット・ヒーリーは語る。「これ以上長くすると、1枚のCDに収まりきらなくなるって言われたんだ。振り返ると、本当に刺激的な制作期間だったよ。不条理になればなるほど、破壊的なサウンドになっていった。それにしても、このアルバムには悪い点がマジで一つも見当たらない。ゼロだね。僕にとっては完璧な1枚だよ。仮にあと2年費やしたとして、改善できるとしても3パーセントだな」
この日は、ザ・1975にとってこの1年間で3度目のシカゴ訪問となった。イギリスでは裕福な地域、チェシャー州のウィルムズローで育ち、現在はロンドンで暮らすマット・ヒーリーは、自身がこの1年間でヒラリー・クリントンよりもアメリカの多くを見てきたと冗談を飛ばし、「だってウィスコンシン州にだって行ったんだぜ」と語る。アメリカはザ・1975に惚れ込んでいるが、ザ・1975も同様に、アメリカを愛している。「イギリスのジョイ・ディヴィジョンとか、ザ・スミスとか、映画『ウィズネイルと僕』より、僕はどっちかと言うとマイケル・ジャクソンとか、トーキング・ヘッズとか、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のほうが好きだったね」と彼は語っている。バンドのドラマーであるジョージ・ダニエルによれば、今では歌い方もアメリカ人さながらだという。「奴が言うんだ。『お前、今回のアルバムの歌い方がエルヴィスみたいだぞ』ってね。それで“Change Of Heart”を聴き直してみたら、確かにそうだったんだ」
一方、大統領選挙中にアメリカに滞在していたマット・ヒーリーは、アメリカという国がよく分からなくなってしまったという。「ドナルド・トランプの州だろうが、そうじゃなかろうが、毎晩ステージで『僕らはイギリス人で、すごくたやすく自分たちの国を台無しにしてしまうことについて知ってるんだ』と語ってきたんだ。ああやって僕が言った後も、こんなことになってしまったわけだからね。信じられるかい?」ドナルド・トランプが次期大統領に向けてヒラリー・クリントンを打ち破った際、バンドはニューヨークにおり、ニュースでこのことを聞いて、涙を流したことをマット・ヒーリーは認めている。「うんざりしたし、ちょっと打ち負かされた気分だったよね」と彼は語っている。「選挙戦において、ドナルド・トランプの言ったくだらないことや偏見のなか追い上げられる形になって、いざこうしたことが起きてみると、『白人なんてクソだ、俺たちはなんてバカなことをやってるんだ?』っていう感じになったんだ。分かるだろ? でも、実際はアメリカがトランプに投票したということだよね。白人も、黒人も、ラテン系も、中流階級も、貧困層もさ。だから、今はそれが彼らの純粋な考えであったと理解すべきだけどね」バンドにとっては素晴らしい1年であったにもかかわらず、世界が急速に破綻していくのは奇妙な感じなのであろうか?「いや、それほど自分自身のことばかりに捕らわれてないよ」とマット・ヒーリーは語っている。「イかれててクソみたいなことが本当にたくさん起きたよ。ドナルド・トランプが大統領になって、EU離脱があって、僕らはマーキュリー・プライズにノミネートされた。最後のは、とても嬉しいという意味だけどね。僕は感情的にも肉体的にもまだ苛立ってるんだ。これらは僕にとっても世界にとっても強烈な出来事だった、目を覚まさせるために、この気持ちを維持させるのはとても難しいことだよ。今はまるでイかれたテレビ番組の中で暮らしてるみたいな感じだよね」
ザ・1975の周りで最近起こったという、その「イかれたテレビ番組の中」のような出来事の例をいくつか挙げてみよう。ある日、マット・ヒーリーはディプロの自宅へ招待されたが、到着してみるとその家があまりにもチープなハロウィンのデコレーションで飾られていたため、住所を間違えたと思ってしまったらしい。また別のある日には、バンドのベーシストであるロス・マクドナルドが、悪名高い某大物ポップ・スターと一触即発の状態となった。2016年9月には、バンドはBBCフィルハーモニック・オーケストラと一夜限りのライヴを行っている。また、ロサンゼルスのホテルにバンドが宿泊した際には、同ホテルにカリフォルニア州で行われているフェスティバル「デザート・トリップ」の出演者たち(ボブ・ディランのバンドやニール・ヤングなど)も滞在しており、マット・ヒーリーを見かけたザ・フーのフロントマン、ロジャー・ダルトリーが彼に歩み寄り、マット・ヒーリーが「ザ・1975のあの若造」であるかを確かめてきた。恥ずかしくなったマット・ヒーリーは自分の部屋へ戻り、こっそりとタバコをふかしたという。「例えば、ライヴ会場の周りに女の子が押し寄せるような、そういう今の状況に驚くかとよく訊かれるけど、正直言って、もう驚かない。だって20分ごとにいちいち驚いていられないよ」と、マット・ヒーリーは語る。「何事にも慣れはあるしさ。人は前に進むもんだろ」
翌日はシカゴの楽器店、シカゴ・ミュージック・エクスチェンジでマット・ヒーリーに会い、話を聞いた。彼がこの店に来ると、大型おもちゃ店「トイザらス」にやって来た5歳児のようになってしまうらしい。この日一緒にやって来たザ・1975のギタリスト、アダム・ハンと共に、マット・ヒーリーはドーナツを前にしたホーマー・シンプソンのごとく、目を輝かせながらヴィンテージの真空管アンプのリヴァーブ・ユニットを見ていた。新たなギターの購入を検討しているという彼は、最終的に2つの選択肢まで絞った。まず彼は、100年ほど前に作られたマーティンを候補に選んだ。ジェイムス・テイラーのような古きよきフォークの要素を自身のサウンドに与えてくれると考えたらしい。2つめの候補は、1960年代製のギブソンだ。しかし実際にマット・ヒーリーが欲しいのは、後ろに置かれているテイラー・スウィフトのシグネチャーモデルではないかとも思える。数年にわたって交際の噂を否定してきたその相手である彼女について核心には触れず、話題をすり替えながら「きっとシグネチャーモデルって儲かるんだろうな、何種類もある」と彼は言った。最終的に彼が選んだのはギブソンだった。価格は3,950ドルの掘り出し物だ。その夜のライヴ会場へ向かう前、マット・ヒーリーは「購入費はサード・アルバムの制作予算から出したんだよ」と話してくれた。「僕は『ベーコンを買おうかな、それともギターを買おうか?』なんて考えるような人間じゃないからね」
『アイ・ライク・ホェン・ユー・スリープ……』が成し遂げた快挙の熱も冷めやらぬ中、すでにバンドの中には次回作の構想が浮かんでいるようだ。「集中力が続かなくてね。だから、もう次回作について考え始めている」と、マット・ヒーリーは言う。「どんなアルバムになるかって? これまで以上におかしなものになると思うよ、多分ね。サウンドはすでにデビュー・アルバム『ザ・1975』を分解したようなものになっている。あのアルバムをバラバラにしたようなサウンドなんだ」
これはあながちウソでもないのだろう。かつてないほどの知名度を手にしたマット・ヒーリーだが、昔の悪いクセに陥ることはない。「コカインは僕にとって、もう過ぎ去った過去の遺物さ。今じゃ気分が悪くなるだけだ。それに最近はソーシャル・メディアからも距離を置いている。世の中とつながってないのさ」とマット・ヒーリーは語っている。「普通の人間でいる方が、少し気分がいい気がする。以前は有名にならなきゃいけないと思い込んでいた。それで多分、『ああ、もっと出かけなきゃ。これにも顔を出さなきゃ』なんて混乱している部分があったんだ。まあ、そんなことを思っても結局、マリファナをやることと曲を書くこと以外は受け入れたくなかったんだけどね。でも、それをよしとしてから、少し楽になったよ」
ツアー中はどうしても偏狭な生活になると彼は言う。マリファナを吸い、サッカーを観戦し、曲を書き、バンド・メンバーやクルーと街に繰り出す。行動を共にする人々は、ほとんどが古い友人であるらしい。彼がそう話す間、まだ客の入っていないライヴ会場内からは、ジョージ・ダニエルがラジコンで遊んでいる音が聞こえていた。
以前は、慌ただしいツアーの日々が終わって自宅で平穏な毎日を送るようになると、マット・ヒーリーは逆に辛くなったというが、現在、彼は親友でもあるジョージ・ダニエルの自宅から「スケボーで3分」のところに家を持ち、ブル・マスティフ犬の「アレン・ギンズバーグ」と共に暮らしている。「昔は自分のことを、ビート詩人だと考えていたんだ」と彼は言う。「だから飼い犬の名前は詩人から取ってみたよ」
落ち着いた生活は彼に合っているようだ。「僕の仕事は、音楽を通して自分の人生をさらけ出すことだ。すごくクールだよ」と彼は語る。「やっとバランスが取れてきた気がする。今は、『もしこれを、もしこの仕事を一生やっていけるなら、それこそ儲けもんだ。やったぜ!』って思えるんだ」
そしてこの日、あっという間に夜8時を迎えると、バンドは派手な内装で知られるシカゴのアラゴン・ボールルームでステージに立った。今年2016年の上旬から行ってきたツアー内容に手を加えてさらに進化させ、全体がスクリーンに覆われたステージでのパフォーマンスだった。ツアーの終盤を飾る12月のロンドンのO2アリーナや、マンチェスター・アリーナではセットリストが大幅に削られ、より型破りなものに生まれ変わるようだ。パフォーマンスの大半では、メンバーの姿はシルエットでしか確認できない。マット・ヒーリーの顔を拝みに来たファンは落胆するだろうが、ヴィジュアル・アートとしては素晴らしい。
最後に、多くの人々が気になっているであろう、マット・ヒーリーの新たな局面における壮大な構想はこうだ。ザ・1975はポップス界に侵入したトロイの木馬であり、その真の姿はポップスよりももっと複雑で、もっと奇妙なものなのだという。失敗はしないと信じよう。彼には戦略があるという。マット・ヒーリーは「来年は何かしら出そうと思っているんだ。シングルかEPをね。アルバムは2018年だよ。その年はレディング&リーズ・フェスティバルでヘッドライナーを務めて、翌年かその次の年にグラストンベリー・フェスでヘッドライナーをやるんだ」と宣言している。そう簡単にいくのだろうか?「と言っても、まだオファーはないんだけどね。でも、今のうちに言っておくよ。僕はやるんだって。他に誰がやるのさ?」
リリース詳細
The 1975『君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。』
(原題:I like it when you sleep, for you are so beautiful yet so unaware of it)
2016年2月26日(金)発売
1. The 1975
2. Love Me
3. UGH!
4. A Change of Heart
5. She’s American
6. If I Believe You
7. Please Be Naked
8. Lostmyhead
9. The Ballad of Me and My Brain
10. Somebody Else
11. Loving Someone
12. I like it when you sleep, for you are so beautiful yet so unaware of it
13. The Sound
14. This Must Be My Dream
15. Paris
16. Nana
17. She Lays Down
18. A Change of Heart (Demo)
19. How to Draw
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