マット・ヒーリーは『NME』の表紙を飾るにあたってザ・1975の新しいロゴが描かれたスケートボードを平然とキックフリップしてみせる。すると、冗談交じりにからかいながら、これもオルタナティヴ・シーンの「文化の盗用と言い得るものになるんじゃないか」とジョークを口にしている。幸いなことに彼はウォレット・チェーンは身に着けていない。
ザ・1975にとって8度目となる『NME』の表紙の撮影でマット・ヒーリーはオフィス・チェアでサーフィンをして、ダークなスーツに身を包めばデヴィッド・ボウイ風の佇まいを見せてくれる。それはマンチェスター出身のこのバンドにとって通算5作目となるアルバム『外国語での言葉遊び』のモノクロームの美学に沿ったものだ。黒と白、ピンクのカラー・スキームと悲しいポップ・ソングでもって、彼らはアルバムのプロモーションをこなしている。それは「このバンドの習わしと図像」に沿った「ビッグで大胆なステートメント」を有するものだ。
2020年発表の前作『仮定形に関する注釈』(2018年発表の野心的な傑作『ネット上の人間関係についての簡単な調査』の姉妹作だ)における散弾銃のようなジャンル・アプローチと過剰さを経て、今回の作品には最も純粋な姿のザ・1975がある。2013年発表のデビュー作における破れたジーンズ、ツーブロック、レザー・ジャケットからは離れたものの、同じロマンスと精神性は失われていない。名声やヘロインの依存症に苦しみながら、マット・ヒーリーの肌には馴染んでいるようだ。「50歳じゃない」と彼は言い切る。「でも、19歳でもない。そうなりたいわけでもない。30代だからね。大人になりたかったんだ」
これは何もマット・ヒーリーが大人しく歳を重ねたことを意味するわけではない。私たちは東ロンドンの撮影スタジオを出て、彼がジョイントを吸えるように道端で長く会話をすることになり、話題は彼のお気に入りの一つであるクソみたいな投稿(shitposting)に及ぶ。グーグルの定義によれば、この言葉は「ソーシャル・メディア上で意図的に挑発的なコメントや話題のずれたコメントを投稿する行為で、通常、他人を怒らせたり、主要な会話から注意をそらすために行われる」とされているが、マット・ヒーリーはソーシャル・メディアの全削除を行って以降、インスタグラムで達人のような振る舞いを見せている。
彼のインスタグラムのストーリーは眉をひそめるような冗談、熱狂的ファンの見事な釣り、嫌われるための露骨な試みで溢れている。インタヴュー前の週末はエリザベス女王2性の喪に服す初日だったが、それはアメリカ同時多発テロ事件の日でもあった。マット・ヒーリーはレーベル・マネージャーであるジェイミー・オボーンが女王や9・11に関するジョークを言わないよう嘆願するテキストをシェアして、女王の顔をツインタワーに重ねたミームをすぐにアップしている。おっと。私たちはクソ投稿時代の生活の楽しみ方を訊いてみた。
「おそらく僕にうってつけの質問だね」と彼は笑う。「これでいいと思っているんだ。両方はできないからね。僕は悪役じゃないけど、でも完璧なふりをすることもしてこなかったからね」
そういう誤解を抱いても仕方ないだろう。音楽、インタヴュー、ツイート、受賞スピーチを通じて、彼は自分のプラットフォームを使って、平等や価値ある大義を呼びかけ、一部の人にはミレニアル世代の伝道師として、それ以外の人々にとってはドヤ顔の説教臭い奴として烙印を押されることになった。
「意識の高いことをどんどん言っていたんだけどさ」と彼は肩をすくめる。「自分は元々アートの人間なんだ」そう、彼の両親はトーク番組『ルース・ウィメン』出演のデニース・ウェルチと『アウフ・ヴイーダーゼーン、ペット』の俳優であるティム・ヒーリーなのだ。「自分の祖父はUKで最初のドラァグ・クイーンの1人だった。最高のアートの多くはゲイ・コミュニティや有色人種のカルチャーといった慣習に逆らうコミュニティから生まれるものだと純粋に信じていたんだ。素晴らしいアートや素晴らしいものを求めるのであれば、放っておいて、勝手にやらせればいいってね。人種差別も女性の抑圧もやめればいい。何も革新的なことを言っていたわけじゃないんだ」
これこそUKで最も評価の分かれるバンドの一つにつきまとうことだろう。批評家の寵児でありながら、真剣に受け止めてもらいたいのだろうかという疑問が常に残る。「ザ・1975のバランスというのは真剣に考え抜いたことと、やりたいことをやるだけっていう自分のカオスの間にあるものなんだと思う」とマット・ヒーリーは認めている。「アートも大事だし、笑えることも大事なんだ」
ザ・1975はソーシャル・メディア時代に生まれたバンドである。インスタ映えのするボーイバンド風の素晴らしいルックス、タンブラー時代の美学、ミレニアル世代のスローガン、ジャンルを超えたアプローチはプレスが追いつくまでのオンライン現象を産むことになった。圧倒的なポップの才能とネットで育った世代の不安を反映した歌詞によって、彼らは時代のバンドとなり、マット・ヒーリーはツイッター民の間で自らの力を誇示するようになった。最終的には自らが作り上げるのに一役買ったデジタル王国から追放されることになるのだが。
2020年に警官の膝の下でジョージ・フロイドが亡くなった後、マット・ヒーリーはツイッターで「オール・ライヴス・マター」と言う人々に対抗して、“Love It If We Made It”のミュージック・ビデオへのリンクと共に「黒人の死を助長するようなことは止めなければならない」と呼びかけた。“Love It If We Made It”は「Modernity has failed us(現代が自分たちを見捨てた)」様々な在り方を批判したもので、「Selling melanin and then suffocate the black men / Start with misdemeanours and we’ll make a business out of them(有色人種を利用しながら、黒人を窒息死させる/軽犯罪から始めて、あいつら抜きで商売をやろう)」という一節がある。
マット・ヒーリーは「ブラック・ライヴス・マター」を自分の音楽をプロモーションするのに利用したとしてツイッター・ユーザーから批判を受けることになった。彼はそのことを謝罪して、ツイッター・アカウントを閉鎖して、スクリーンの前を離れることになった。
マット・ヒーリーは今から振り返って次のように語っている。「あの時点ではツイッターに対する自分のその場でのリアクションというのは『ふざけるな。YouTubeの再生で0.5ペンスの支払いを得たいからって今回のことを利用したわけじゃないのは分かるだろ』というものだった。自分が言っていたのは『この曲はそのことについて考えたものなんだ』ということだった。4日間にわたって『何かコメントしてくれ』と言われていたから『この曲が自分の思うことなんだ』と言ったんだ」
ツイートよりも曲のほうがより熟考されていると考えるマット・ヒーリーは「インターネットにおける消費ということでは音楽界で最高のライター」であることを自称している。しかし、今なお対立の劇場からは身を引いておく必要があるという。「思ったのは『いいかい? カルチャーの戦争について書くなら、これ以上その中にはいられない。一兵卒になるつもりはない』ということなんだ。実際、そうなり始めていたからね。左翼の旗印みたいな感じでさ。ナチスもいるから右翼ほどではないせよ、左翼にもうんざりさせられ始めたんだ」
ソーシャル・メディアの剣で生きも殺されもした彼にとって超意識的なオンライン・カルチャーやコミュニティと共存していくことについてはどう思っているのだろうか? 絶対に過ちを犯してはならないという責任もあったりするのだろうか?
「ああ。でも、それはある世代が自分たちで設定した基準だよね」とマット・ヒーリーは答えている。「Z世代の問題は守れないようなモラルの基準を設定してしまうことだよ。20代中盤になれば分かり始めるわけでさ」
彼は次のように続けている。「18歳や19歳で理想に燃えている時はいい。でも、間違いも起こせば、人を傷つけることもあれば、不愉快と思う人もいることをやったりもする。自分が打ち破りたいのはそうした基準なんだ。自分も一介の人間だからね。君だってそうだろ。誰もバカじゃないからね」
例えば、ソーシャル・メディア時代の前に出てきたアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーみたいなアーティストに羨ましい思いを持ったりもするのだろうか? 政治に無関心でありながら、真っ当な歴史にいると見なされているような、そんなアーティストに。
「そんな風に思ったことはなかったな」とマット・ヒーリーは答えている。「僕らはアーティストには煙草をくゆらせて、ボヘミアンなアウトサイダーであってほしいと思っていた。今はリベラルな学者であってほしいという感じだよね。ツイッターでも戻ってきたら、自分が突然人気者になっていた。なぜなんだろう?
それは自分がリベラルの学者をふりをせずに、みんなが知っているような同じことのインフォグラフィックをシェアし続けるのではなくて、何か言いたいことがある人たちが現実にいるからなのか?」
政治的活動に関するニック・ケイヴの言葉を引用しながら、マット・ヒーリーは次のように語っている。「道徳的に明白なことについてはもうコメントなんてしない。人種差別主義者でないことを証明しようとは思わないし、女性擁護派であることを証明しようとも思わない。左翼だと言おうとも思わない。ダンスもゲームも仕事もやってきたけど、インターネット上の誰かの楽しみのために人種差別や女性差別をほのめかすことに興味はないんだ」
(次ページに続く)
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