はて、なんて年だろう。おしゃべりなコメディアンのアラン・カーが言うあの一節を、用途を変えて何度も使ってきた。有史以前からある言い回しだけれど、もちろん2020年はちょっと違った色合いを帯びた言葉だ。ところで、今年3月以降、一貫して楽しめたものは唯一音楽だけだったと言ったら大袈裟だろうか? もしかすると偏った意見かもしれない。忌まわしい新型コロナウイルスを患った人に対しては完全に神経過敏になっていたけれど、この殺伐とした1年を通して明るい兆しも確かにあった。あなたがどうだったかはともかく、人々が前より優しくなって、より俯瞰的な視野を持ち、お互いをもっと認め合うようになったことに気がついたんだ。2021年の夜明けに向けて、その寛大さを持ち続けていこう。
そして、もちろん、音楽も素晴らしかった。サプライズ・アルバムに、ロックダウン・アルバム、政治主張の強いアルバム、対立を生むアルバム、みんなをひとつにするアルバム、色々あった。さあここに紹介するのは、敢えて断定的に、客観的に相応しい順番で並べた50枚のアルバムだ。
50位 リコ・ナスティー『ナイトメア・ヴァケーション』
一言で言い表せば:実験的なラッパーのデビュー・アルバムは非常に幅広い既成の境界を突き破った成功作で見事に登場してみせた。
メリーランド州出身で、今どきの拡散力あるスターにも多くのインスピレーションを与えているリコ・ナスティーは、常に他の似た立ち位置のアーティストよりも尖ったサウンドを作り続けてきた。自ら「シュガー・ラップ」と名付けた実験的なラップ・スタイルで5作のミックステープをリリースしてきた彼女だが、待望のデビュー・アルバム『ナイトメア・ヴァケーション』は、カメレオンのように七変化する彼女の音楽性の多様さと、トレンドを生み出す力をはっきり証明してみせている。彼女は9月の『NME』の巻頭特集で、デビュー作は「増強されたシュガー・トラップ」になると語っていた。その言葉通り、リコ・ナスティ―のデビュー作は、彼女らしい荒っぽくて、はじけ飛ぶシンセと、骨を粉砕するようなローランドTR-808のビートの詰まった、美味しいごった煮のサウンドで、ラップ・ミュージックの限界を押し広げる内容となっている。
鍵となる楽曲:“Smack A Bitch”
『NME』のレヴュー:「ちょっと世界の終わりのように感じられたこの1年にとって、清々しく開放的なサウンドトラック」
49位 ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』
一言で言い表せば:さあ近くに来て。あの詩人が自身の(そしてアメリカの)群衆の本質を明らかにしようとしているよ。
ボブ・ディランの8年ぶりのオリジナル・アルバムは、彼の創作力はもう枯渇してしまったのだと思い込んでいた人々の鼻を明かす、老年期の傑作だった。そこには、南部の熱気と神話に覆い隠されて姿の見えてこないアメリカ地誌における死、文化、歴史の教訓について鋭くて明晰な知恵が含み込まれている。
鍵となる楽曲:“Murder Most Foul”
『NME』のレヴュー:「本作はアメリカの本質を捉えた文学作品と同等の価値をもつ音楽作品だ。『ラフ&ロウディ・ウェイズ』がボブ・ディランの最後の言葉になると考えるのは流石に馬鹿げているけど、これが歴史的な演説であることは間違いない」
48位 グライムス『ミス・アンスロポシーン』
一言で言い表せば:クレア・バウチャーはダーク・サイドにやって来た。
2015年作『アート・エンジェル』のような幸福なアート・ポップの路線の人と見なされることを強く拒絶するグライムスにとって、唯一の選択肢は左に急旋回することだけだった。通算5作目となる本作は、不気味にのしかかってくる気候変動の危機と、テスラCEOのイーロン・マスクとの交際で常にセレブのスポットライトを浴びることになった私生活の混乱を反映して、クロムのように鈍い輝きを放つ、ずっと深く強迫的な作品となった。本作の彼女は、変わっていく自身の環境を理解しようとしているところなのだ。
鍵となる楽曲:“So Heavy I Fell Through The Earth”
『NME』のレヴュー:「本作は、他の世界と歩調を合わせることを嫌う人としての評価を確立したアーティストに相応しい、新たな一歩となっている」
47位 モーゼス・ボイド『ダーク・マター』
一言で言い表せば:ダンスフロアのために作られた、まばゆいばかりの珠玉のジャズ。
プロデューサーやバンド・リーダーとして活躍するモーゼス・ボイド待望のソロ・デビュー作は、待っただけの甲斐があるアルバムだ。複雑なジャズのリズムがエレクトロニカ、ダンス、グライム、ロック、ポップと同居し、ジャンルとスタイルの“るつぼ”と化した『ダーク・マター』は、野心的で実験的な視野を拓いているが、決してダンスフロアへの目線を失うことはない。
鍵となる楽曲:“Only You”
『NME』のレヴュー:「視野をいっぱいに広げた野心作で、モーゼス・ボイドは革新と感動を起こし続ける」
46位 アイドルズ『ウルトラ・モノ』
一言で言い表せば:ブリストルのパンク・バンドは胸を張り、断固とした意志を披露している。
モッシュ・ピットの中で吠えるに相応しい歌詞が目白押しの『ウルトラ・モノ』は、一枚岩となった5人組が団結を求めて叫ぶアルバムだ。ロサンゼルスのプロデューサー、ケニー・ビーツと一緒に制作した本作には、真っ当な憤りに対するより洗練された感覚があり、アイドルズがカルト的人気を有するライヴ・アクトからメインストリームのスターへと進化していくさまを見ることができる。
鍵となる楽曲:“Grounds”
『NME』のレヴュー:「『ウルトラ・モノ』は、皮肉、反抗、同情、論争を叫ぶ向こう見ずな運転だ」
45位 プリンセス・ノキア『エヴリシング・イズ・ビューティフル』
一言で言い表せば:ハーレムの最高の存在は、スピリチュアリティとより静かな水辺を探して(一時的に)ニュー・ヨークを離れ、穏やかなグルーヴに辿り着いた、
これまでの彼女の作品を強く特徴づけてきた、漫画にありそうなニュー・ヨーク・シティの喧騒を離れてプエルトリコで制作された『エヴリシング・イズ・ビューティフル』は、ジャズのフレーズとおしゃれなサウンド・プロダクションによって、ラッパー、プリンセス・ノキアの穏やかでしなやかな側面に踏み込んだアルバムだ。同日リリースのフル・アルバム『エヴリシング・サックス』の生意気でよりラフな作りを、完璧な形で引き立てている。
鍵となる楽曲:“Soul Food y Adobo”
『NME』のレヴュー:「私たちがプリンセス・ノキアにこれまでと正反対のものや変化球を期待するようになったことは間違いない」
44位 BTS『マップ・オブ・ザ・ソウル:7』
一言で言い表せば:自己を見つけ、自分を受けれいていく旅の波乱を歌った野心的ポップス。
BTSは常に自分たちがアイディア豊富なグループであることを証明してきたが、『マップ・オブ・ザ・ソウル:7』も例外ではない。2019年発表の『ペルソナ』と同様、カール・ユングの心理学のコンセプトのもとに生み出された魅力的な楽曲群は、個人の欠点や見せかけを観察しながら、創意に富んだ様々な景色を旅していく。J-HOPEによるアフロビート調のフィエスタ“Outro: Ego”、激しいヒップホップの“UGH!”、好戦的なマーチング・バンドのパレードを見るような“ON”、といった粒ぞろいの楽曲の幅広さはお見事だ。
鍵となる楽曲:“ON”
『NME』のレヴュー:「ダークな部分も見せながら、『マップ・オブ・ザ・ソウル:7』は強さの記念碑となっている。これまでのBTSの作品で最も長いスパンを空けてリリースされた本作だが、そこには豊かなアイディア、強い信念、開けっぴろげな感情が詰まっていて、待った以上の価値があった」
43位 ザ・1975『仮定形に関する注釈』
一言で言い表せば:フィルターを通さずに、ジャンルの境界を押し広げようとする実験は、じっくりヘッドフォンで聴き、リヴィング・ルームで踊るために作られている。
野心溢れる22曲を通して、ブリアルの影響を受けたエレクトロニカから、スタジアム級のインディー・ポップ、毒々しい時代錯誤のパンク、フォー・テット風のハウス、グレタ・トゥーンベリゆずりの気候変動へのアクションの呼びかけに至るまで、ジャンル横断の冒険が繰り広げられる。“NOACF”はバンド史上最も大胆な楽曲で、彼らが実験を恐れずにファンの期待値も超えていくバンドであることを証明している。
鍵となる楽曲:“If You’re Too Shy (Let Me Know)”
『NME』のレヴュー:「マット・ヒーリーが自らのエゴをクレーンに吊るした鉄球で破壊しようとする本作は、自分のバンドのサウンドをどうしたら良いか決めかねているロック・スターを描いたディズニー英語のサウンドトラックを聴いているような感じがする」
42位 SAULT『アンタイトルド(ブラック・イズ)』
一言で言い表せば:この夏アメリカで紛糾した人種差別問題を受けて制作された、心ゆさぶるプロテスト・アルバム。
イギリスの正体不明グループSAULTは今年、2枚の傑作アルバム『アンタイトルド(ブラック・イズ)』、『アンタイトルド(ライズ・イズ)』を発表した。ビートに合わせてダンスしたくなる後者よりも、道を踏み鳴らして進むのにぴったりのサウンドトラックになった前者のアルバムは、黒人のアイデンティティに関するグループの顕著な初志表明となっている。ジューンティーンス(6月19日)にリリースされた本作は、スポークンワードや、見事なソウル・ナンバーで警察の暴力行為を激しく非難している。
鍵となる楽曲:“Wildfires”
『NME』のレヴュー:「グループはいまだ手の内を見せず、正体を伏せたままだ。彼らの方からすれば、いつだって音楽こそが対話するということなのだ。」
41位 ジャングルプッシー『JP4』
一言で言い表せば:スルメのように段々好きになってくるアルバムだが、幅広い心の持ち主は目覚ましい場当たり的成功に魅了されるだろう。
今年はひねくれた一年だったが、音楽もそれに倣ったようだ。『JP4』を聴いてほしい。ブルックリンを拠点とするジャングルプッシーの4作目のアルバムとなる本作は、陰鬱で単調なギター・シンセサイザーで満たされ、より商業的なトラップ・ビートと共に、コントロールと混沌の間で揺れ動き続けているみたいだ。控えめに言っても支離滅裂な感じがあった2020年だが、『JP4』はぶっ飛んだ勇気でその時代精神を利用している。私たちはその勇敢さをジャングルプッシーに期待してきたのだ。
鍵となる楽曲:“What You Want”
『NME』のレヴュー:「ジャングルプッシーのやっていることを自分もできるという人はほんのわずかしかいないだろう。彼女はいろんなサウンドを寄せ集めて複数のジャンルを見渡し、その結果、どういうわけか統一感のある不朽のレコードを作り上げたのだ」
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