11. ブルー・ズー “(I Just Can’t) Forgive And Forget”
エイモンの大きなメガネを見ていると、どうしてもこのグループのことを思い出してしまう(イギリスで1曲だけTop20ヒットを持っている程度の仇花なのに)。ただ、このバンドで大きなメガネをかけているギタリストのティム・パリーは、後に彼らのマネージャーだった故ジャズ・サマーズの片腕として、ザ・ヴァーヴやスノウ・パトロールといったロック・バンドを大きな成功に導いている。彼がミュージシャンを辞め、マネージャーに転身するきっかけとなったのは、ダブリン出身のあるバンドと同じステージに立った際、間近で見たそのバンドのギタリストのプレイの凄さを見て、同じ土俵で戦うことが怖くなったことがきっかけだそうだ。この映画では一切ふれられていないが、ダブリンを語る上ではずすことはできない、U2というバンドと、そのギタリストであるエッジとのエピソードである。
12. アダム・アンド・ジ・アンツ “Stand And Deliver”
初のミュージック・ビデオ撮影にあたり、メンバーのコスチュームを考える際、”アダム・アントが海賊だったら、カウボーイだってアリだろ”的なやりとりが出てくる。アダム・アントが率いていたこのバンドは、パンク的な地平からスタートし、”ブルンジ・ビート”などと呼ばれたツイン・ドラムによるトライバルなリズムを導入するようになったその音楽性は今聴いても新鮮だが、パイレーツ(海賊)・ファッションのキャッチーさや、アダムのルックスもあって、段々と子供達のアイドル的な存在となっていった。イギリスで81年に1位に輝いたこの曲の歌詞には、映画内のセリフにもある(アダムを比喩した)”highway man”という言葉が出てくる。この曲を含むアルバム『プリンス・チャーミング』ではコスチュームは海賊から王子様へ、そして85年にはアダムは既にソロ・アーティストとなっていた。
13. a-ha “Take On Me (Original Version)”
コナーたちの初のミュージック・ビデオを見て、バカになんかできない。今でこそ、リーズナブルな価格の民間用のビデオカメラでも素晴らしいクオリティになったが、監督を起用しての撮影なんてそんなに簡単なことではなかったのだ。コナーがラフィーナに口ずさむことを強要された、ノルウェー発の3人組による世界的大ヒットであるこの曲のビデオですら、おなじみの線描アニメをフィーチャーしたものと違い、オリジナル・バージョンは、この程度の出来だった(ちなみに、大ヒットした方のサウンド・プロデュースはアラン・ターニー、このオリジナルのほうはトニー・マンスフィールドと、映像だけでなく曲のプロダクション自体も全然違うので注意)。
14. ジェネシス “Paperlate”
ラフィーナの彼氏?的存在が、オープンカーで聴いていたのが、82年にイギリスのシングル・チャートで10位まで上がったこの曲。元々はピーター・ガブリエルも在籍していたプログレ・バンドであったジェネシスが、メンバーが減っていき(3人となり)、ドラムだったのに実はめちゃめちゃ歌がうまかったフィル・コリンズ中心となり、段々と音楽性もポップになっていく過渡期の作品。パンク/ニュー・ウェーヴの立ち位置からは「恐竜」のように扱われていたプログレから、いつのまにか大衆を魅了するメインストリームの主役へと躍り出たフィルとそのバンドは、「ダサい」とやっかむには絶好のターゲットだった。
15. フィリップ・ベイリー duet with フィル・コリンズ “Easylover”
ちなみに、実際の85年のフィルは、アース・ウィンド&ファイアーのフィリップ・ベイリーとのこのデュエットを大ヒット(イギリスでもアイルランドでも1位)させたり、英ロンドンと米フィラデルフィアで同時開催された世紀のチャリティ・ライヴ・イベント『ライヴ・エイド』に、大西洋をコンコルドで移動して両ステージ出演を果たすなどの大活躍中だった。
16. フロック・オブ・シーガルズ “The More You Live, The More You Love”
コナーたちが電車に乗ってダブリンの港に行き、ミュージック・ビデオを撮影したように、イングランドの港町・リヴァプール出身のこのNew Waveバンドも、84年のこの曲で海の近くで寒そうに演奏している。しかし、彼らの場合は予算の都合だけではなくて、グループ名自体が「カモメの群れ 」であることにひっかけていたのだろう。既に彼らはこのとき、全米Top10ヒット(82年の”I Ran”)まで出していた。
17. ザ・ルック “I Am The Beat”
劇中でコナーたちが作り、歌う楽曲は、どれもオリジナル楽曲で、当時の実際のヒット曲を織り交ぜた本作のサウンドトラックは、ぜひおすすめなのだが、なかでも、ダリル・ホール&ジョン・オーツの”Maneater”に触発されて書いた設定の、モータウン・ビートを取り入れた楽曲“Drive It Like You Stole It”は出色の出来となっている。その“Drive It Like You Stole It”を聴いて思い出さずにはいられないのが、81年にイギリスで最高位6位まで上昇した、こちらの一発屋による隠れた名曲だ。
18. ザ・サイケデリック・ファーズ “Pretty In Pink”
高校の体育館?を利用して撮影したミュージック・ビデオでは、85年の世界的ヒット映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のプロム(アメリカの高校生達の卒業パーティ)をイメージしたディレクションを、エキストラたちにしていた。ただ、同映画のプロム・シーンというのは、1950年代中盤のもので、80年代のそれではない。80年代のアメリカのプロムを題材にした映画といえば、今年公開から30周年を迎えた『プリティ・イン・ピンク 恋人達の街角』となるだろう。この映画のサウンドトラックも、当時のトップ・アーティスト、数々のヒット曲を含むもので、『シング・ストリート』を通じて80年代の音楽に興味を持った方々には、映画と合わせてオススメしたい。
19. スターシップ “Nothing’s Gonna Stop Us Now”
最初に申し上げた通り、細かい時代考証は、この映画を楽しむのにはナンセンスなのであるが、そもそも、コナーたちのバンド”シング・ストリート”の最初で最期のライヴが始まる前、客入れ時にかかっていたこの曲だって、実際は”87年”公開の映画『マネキン』主題歌となっている。
20. ダニー・ウィルソン “Mary’s Prayer”
最後に、映画のストーリーとは離れるが、触れておかなければいけないのが、このソロ・アーティストのような名前を冠されたトリオである。このヴォーカリストであるゲイリー・クラークこそ、今回の映画のオリジナル楽曲に作者として携わっている立役者なのだ。オリジナル発売は87年ながら、なかなかヒットせず、88年の3度目の再リリースでついにイギリスで3位まで上がるヒットとなったこの曲を聴けば、こんな優しいメロディの作者だからこそ、瑞々しいメロディに溢れるシング・ストリートの楽曲が生まれたのだと納得できるだろう。またスコットランド出身の彼だからこそ、遠くロンドンに憧れる80年代の少年たちの想いをイメージし、楽曲に反映することもできたのであろう。ダニー・ウィルソン自体はほぼ一発屋として認識されているが、この作品以降、またゲイリーが携わった別プロジェクトのいずれも佳作であり、近年でもナタリー・インブルーリアや、ボーイバンドのザ・ウォンテッドなどにも楽曲を提供している隠れ売れっ子作家である。
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