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ついに現実のものとなった。現地時間5月12日の20時に、ザ・ストーン・ローゼズの新曲“All For One”がリリースされた。この愛すべきマンチェスターのグループが最後に新譜を出してから20年以上が経ち、2012年のカムバック後ですら、彼らが再び楽曲をリリースするつもりなのか確信的なものはなかった。ここでは、長く紆余曲折のあった彼らの道のりをまとめてみよう。

1994年12月

ザ・ストーン・ローゼズがバンドの不和の元となる2枚目のアルバム『セカンド・カミング』をリリースする。

1995年3月

バンドはニュー・シングル“Ten Storey Love Song”をリリース。このシングルのB面には新曲“Moses”、“Ride On”も収録されており、バンドが再結成前にリリースした最後の新曲となった。同月、ドラマーのレニが離脱し、代わりにロビー・マディックスが加入する。

1996年4月

ギタリストのジョン・スクワイアがバンドから脱退した後、『NME』のインタヴューに応じている。インタヴューの中で彼は「僕はできればもっとみんなでレコードを作りたい」と明かした。

1996年8月

レディング・フェスティバルでの悪評高いパフォーマンスの後、バンド・メンバーは雑な記者会見を行う。シンガーのイアン・ブラウンは、新しいラインナップ――彼とマニ、アジズ・イブラヒム(ギター)、それにロビー・マディックス(ドラム)――で新曲をレコーディングしており、「全員で曲を書いている」と述べていた。

1996年10月

ザ・ストーン・ローゼズに最後の瞬間がおとずれた。バンドに残っていたオリジナル・メンバー、イアン・ブラウンとベーシストのマニがバンドの解散を決断する。

1996年11月

ジョン・スクワイアが『NME』のインタヴューで新しいバンド、ザ・シーホーセズとの次のレコードについて語っている。彼はザ・ストーン・ローゼズで起こったことは後悔していないと発言したものの、「違った展開ならよかった」と認めている。

1997年2月

イアン・ブラウンが自身のソロ・デビュー・アルバム『アンフィニッシュト・モンキー・ビジネス』をリリースした。マニとレニの2人が“Can’t See Me”に参加している。この曲についてイアン・ブラウンは「マニがザ・ローゼズのために書いたグルーヴ・ナンバーだけど、ジョンがやりたがらなかった」と語っている。アジズ・イブラヒムとロビー・マディックス――この2人は短い間だがザ・ストーン・ローゼズで演奏していた――もこのレコードに参加している。

2002年8月

自身のソロ・アルバム『タイム・チェンジズ・エヴリシング』のプロモーションを行うジョン・スクワイアは、バンド再結成の噂を否定する。「僕にはできないと思うし、スパイナル・タップ(映画『スパイナル・タップ』の架空のバンド名)のことなんて考えられないよ」と、ジョン・スクワイアはイアン・ブラウンとのレコーディングについて『NME』に語っている。彼はまた、イアン・ブラウンとは7年間話をしていないと言い、「僕らは一緒に曲を書いたし、一番長く知っている仲だったから」と関係がこじれたことは大変辛いものだと述べている。

この1ヶ月後、ジョン・スクワイアは『ガーディアン』紙のインタヴューで残酷な言葉(「自分の肝臓をティースプーンで掻き出したほうがマシだ」)を使って新しい再結成の噂を否定し、イアン・ブラウンと会うことについては「とっくに期限切れ」だと述べている。

2002年11月

ジョン・スクワイアはグラスゴーのキング・タット・ワウ・ワウ・ハットでザ・ストーン・ローゼズのナンバーを何曲か披露する。彼の手によって“I Am The Resurrection”、“She Bangs The Drums”などが5年ぶりにライヴで演奏された。

2003年7月

イアン・ブラウンはジョン・スクワイアに切り札を切る。彼はスコットランドでトリビュート・バンド、ザ・コンプリート・ストーン・ローゼズと共にザ・ストーン・ローゼズの楽曲11曲を演奏したのだ。ファースト・アルバム全曲(“Fools Gold”を除く)が演奏された。後にイアン・ブラウンはこのライヴをやった動機について、ジョン・スクワイアに「バンドをなぶりものにした」と言われたことを挙げ、自分はこれを「人々のためにやったんだ」と語っている。

2005年3月

イアン・ブラウンが自身の通算4枚目のソロ・アルバム『ソーラーライズド』のリリース後、マニはイアン・ブラウンのライヴに参加して、“I Wanna Be Adored”を演奏している。9年前に解散して以来、ザ・ストーン・ローゼズのメンバー同士による公式の場での共演は初だった。

2005年5月

『タイム・アウト』誌のインタヴューでジョン・スクワイアは自身の3枚目のアルバムの計画について訊かれ、「今年の始めに双子を授かったんだ。それで僕はずっと手一杯なんだよ。でも、そうだね。猛烈なギター・アルバムを作りたい。それから、ザ・ストーン・ローゼズを元に戻すんだ」と答えている。

同月、レニはザ・ストーン・ローゼズがグラストンベリー・フェスティバルで再結成するという考えを否定する一方、マニと新しい音源を作っていることを明かしている。「マニと一緒に演奏するんだ。これは確定だね――自分と彼のために曲を書いているのさ」。しかし、この続報は何も出ていない。

2006年5月

『メール・オン・サンデー』紙のインタヴューで、イアン・ブラウンはジョン・スクワイアが「バック・トラック」を彼に送り、1996年以来初めて自分にコンタクトをとってきたことを明かしている。

2007年3月

イアン・ブラウンは、がん撲滅のチャリティー・ライヴでマニと再び組んで“I Am The Resurrection”のパフォーマンスを行っている。

2008年3月

再結成の噂は、イアン・ブラウンがバンドとスタジオに戻ったら何が起こるかを議論したことで、またもやかき消される。もしジョン・スクワイアが電話をかけてきてバンドを再び一緒にやろうと言ったらどう思うかとインタヴューで訊かれたイアン・ブラウンは次のように答えている。「そうだね、かなりいい曲を持っていないとダメだな。こんなに長くやっていないし、かなりすごいものにしたいだろうからね」

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