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ジョン・レノンはエルトン・ジョンとの賭けに負けて1974年にニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデンでエルトン・ジョンとライヴを行う前は「病気だった」ことが明らかになっている。

エルトン・ジョンは1974年発表の『心の壁、愛の橋』にも参加しており、リード・シングル“Whatever Gets You Through The Night”ではピアノとバッキング・ヴォーカルを提供している。

“Whatever Gets You Through The Night”はジョン・レノンが気に入っていた曲ではなかったものの、エルトン・ジョンはこの曲をリリースするようにジョン・レノンを説得しており、もし全米シングル・チャートの1位になったら、一緒にパフォーマンスを行ってくれという賭けを持ちかけている。

“Whatever Gets You Through The Night”が全米1位を獲得して大ヒットになると、エルトン・ジョンは1974年11月にライヴを行う前はジョン・レノンが神経にまつわる病に苦しんでいたことを明かしている。

BBCラジオ2の『ジョン・レノン・アット・80』でショーン・レノンに対してエルトン・ジョンは1969年のトロント・ロックンロール・リバイバル・フェスティバル以降、ジョン・レノンはソロでのライヴを行っていなかったと説明している。

「彼は怖れていたんだ」とエルトン・ジョンはショーン・レノンに語っている。「公演の前、ジョン・レノンは身体的な病気を抱えていたんだ。身体的な病気をね」

エルトン・ジョンはライヴについて次のように振り返っている。「ステージに立った時には大丈夫だったんだ。だって、1979年のサンクスギビングにマディソン・スクウェア・ガーデンで彼が受け取った反応といったら……あんな音や叫びを聴いたことなかった。考えるだけで鳥肌が立つよ」

「多くの人が泣いて、涙が顔をつたって地面に落ちた。史上最大のバンドにいた4人のうちの1人がいたんだからね」

エルトン・ジョンは続けてジョン・レノンはステージに立つと「緊張することなく、前と同じように素晴らしい演奏をしていた」と説明している。

同じ番組の中でポール・マッカートニーは1980年に銃殺される前にジョン・レノンと和解できたことへの安堵を口にしている。

ポール・マッカートニーはショーン・レノンに次のように語っている。「いつもみんなに言っているんだけど、ザ・ビートルズのいざこざや口論、ビジネス面での違いなんかを経て、君の父親と再び仲良くなれたことは本当に嬉しくて、素晴らしかったことの一つなんだ」

先日、ジョン・レノンは眼鏡と学校に通っていた頃の通知表がオークションに出品されている。

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