ブリトニー・スピアーズは2000年代初頭にジャスティン・ティンバーレイクと破局した後、「数ヶ月間ほとんど話さなかった」ことを明かしている。
ブリトニー・スピアーズは回想録『ザ・ウーマン・イン・ミー』が10月24日に発売されており、2007年に丸坊主にした理由やジャスティン・ティンバーレイクと交際している時に中絶を経験したことについても触れられている。
ブリトニー・スピアーズとジャスティン・ティンバーレイクは1999年から2002年まで交際しており、ジャスティン・ティンバーレイクは別れることをショートメールで伝えてきたという。
「ジャスティン・ティンバーレイクは最初のソロ・アルバム『ジャスティファイド』を作り始めた時で、彼は非常に私に素っ気なく接し始めた」とブリトニー・スピアーズは回想録で述べている。「それで彼はアルバムの材料として私を使うことにしたんだと思った。私がそばにいいて、愛情をもって彼を見つめていると、彼は気まずくなるようになった」
「最終的にダークチャイルドがリミックスした“Overprotected”のミュージック・ビデオを撮影している時に彼はショートメールで関係を終わらせてきた。メールを観た後、撮影の合間にトレイラーでそのメールを見た後、現場に戻って踊らなければならなかった」
ブリトニー・スピアーズは破局で「打ちひしがれる」ことになったと続けている。「打ちひしがれたというのは数ヶ月間ほとんど話さなかった」
「彼のことを訊かれると、私にできるのは泣くことだけだった。医学的にショックだったのかは分からないけど、そんな気分だった」
ブリトニー・スピアーズがまだ交際を乗り越えていない頃、ジャスティン・ティンバーレイクは額に入れた手書きの手紙を彼女に持ってきたと言われており、彼女はそれを今でもベッドの下にしまっているという。
「その最後には――そのことを考えると泣きたくなるんだけど、『君がいないと息ができない』と書いてあった。それがそこに書かれていた最後の言葉だった」とブリトニー・スピアーズは述べている。
「あんなことがあったから息ができず、窒息しそうな感じだった。彼に会って手紙を読んだ後もトランス状態からは抜け出すことができなかった。彼は全部やってくれた。彼は私に会いに来てくれたけど、彼と話すことはできなかった。彼とも誰とも話ができなかった」
ブリトニー・スピアーズは回想録で中絶について「ジャスティン・ティンバーレイクは妊娠を喜んでいませんでした」と振り返っている。「人生に子どもを迎える準備ができておらず、若すぎると彼は言っていました」
回想録『ザ・ウーマン・イン・ミー』はブリトニー・スピアーズが脚光を浴びることになった音楽キャリアや母親としての暮らしを振り返るもので、13年間に及んだ後見人制度についても言及されている。
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