Neil Bedford

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「フロントマンになりたいなんて思ったこともない」とカサビアンの新しいバンドリーダーとしての自身のポジションについて、サージ・ピッツォーノはぎこちなく笑いながら語る。「思いもよらなかったよ。人生でそんな時期が存在することなんてあり得ないと思っていたけど、実際こういうことになった。みんなでじっくり考えていた時にその選択をしなければならなかったんだ。『どうやって?』、『どうアプローチしよう?』と思ったけど、せっかくやるなら自分のやり方でやろうとなったんだ。俺が作った音楽もこのバンドも、自分たちなりのやり方でやってきたと思うしね」

カサビアンが生まれ変わり、リード・シンガーのトム・ミーガンがいない状態で、エキサイティングでフレッシュな新しい章を切り開くのに必要な自己主張である。トム・ミーガンは2020年、パートナーのヴィッキー・エイジャーへの暴行をきっかけにバンドから解雇されている。彼には家庭内暴力の有罪判決が課せられた。

とはいえ、レスター出身の大物ロッカーたちにとって、7作目のアルバム『ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』のリリースを起点とするこの新しい時代は、このバンドの25年にわたる歴史とそう異なってはいない。サージ・ピッツォーノはこれまでの作品においてもたくさんの曲でリード・ヴォーカルを担っており、引き続きソングライターの筆頭でもある。『ライフワークだね』。灼けるように暑いある日のウェスト・ロンドン。パブリシストのオフィスで、贅沢な革のソファに身を落ち着けながら彼はそう指摘する。彼は毎日スタジオで曲を書くことにコミットしている。自分がこよなく愛することをするためのコミットメントである。彼がそれを諦める訳がない。

ソングライティングがサージ・ピッツォーノの避難の場ならば、彼はその居心地の良さとステージ上の自信を活かし、カサビアン2.0として、主にギタリストとしての役割の庇護下から抜ける必要があった。その教訓の一部として、ミューシャンの彼はここ数年、イギー・ポップなど偉大なアーティストたちの古いVHSテープを紐解きながら新作に取り組んだという。

「『ギターを持ってただ突っ立っているだけで最善の結果になることを願うなんていうのはごめんだ。フロントマンになろうとしてみよう』と思ったんだ」とサージ・ピッツォーノは語る。「でも、『ただ自分らしさをライヴで発揮して、あまり考えすぎないようにすれば』と思っていたのは前からだったし、自分が曲を書く時も結構同じだって気づいたんだ。俺がマイクを手に取って、ビートが刻まれて、そうしたら、モードでもキャラクターでも何でもいい、それに入ればいいんだ」

「そういうことなんだよ。そういう状態からああした歌詞を歌っているだけなんだ」と彼は自分の胸を小突きながら言う。「歌詞を書く状態からオーディエンスのことを考えるんだ」とサージ・ピッツォーノはファンの気持ちに気を配る。「いつもあのモッシュ・ピットの中にいる自分を想像するんだ。あのど真ん中にね」

サージ・ピッツォーノとバンドメイト(ベースのクリス・エドワーズ、ドラムスのイアン・マシューズ、新たに加入したギターとバッキング・ヴォーカルのティム・カーター)が新生カサビアンとして初めてのライヴを行ってからまだ数週間しか経っていない。筆者はサージ・ピッツォーノにインタヴューする1週間前にオックスフォードで行われたトラック・フェスティヴァルで彼らを観ているが、彼の陶酔的なステージ上のペルソナやバンドのタイトさ、そして全体を通じてオーディエンスを魅了し続ける羨ましい力に圧倒された。

もちろん、彼らはNMEアウォーズで最優秀ライヴ・アクト賞を2度(2007年と2018年)受賞しており、2014年にはグラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーを務め、アルバム6作がトップ10入りを果たしたバンドである。彼らのダンス・ロック、サイケデリック、エレクトロ、さらには実験音楽的な仰々しさは、長年にわたって映画やFIFAのビデオ・ゲームのサウンドトラックとなってきた。彼らが急にステージ上でしおれるはずがないのは明らかだった。

『ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』収録のヒップホップとロックのクロスオーヴァー“SCRIPTVRE’”では、サージ・ピッツォーノが自分を信じることについて痛烈な叱咤激励も放っている(「You’re fucking with the best now(君は今、最高のものとファックしている)」)が、ここでは彼がそのライヴ環境の断崖絶壁にいる自分に言及してもいる。「On a roll, gotta reach for the light / Gotta reach for the mic as I walk from the shadow(さあ行くぞ、光に手を伸ばすんだ/影から出ていく俺はマイクに手を伸ばすんだ)」アルバム発売前、サージ・ピッツォーノはバンドについての曲は一切書かないと誓っていた。あの歌詞は、彼が自らに課したルールを破ったということなのだろうか?

「ああ、でも、特にそうしようとした訳じゃないんだ」と彼は答える。「その瞬間に飛び込んでいく時の気持ちを書いただけでね。まあ、文字通りに受け取ればそう言えるけど、その瞬間を描いたものでもあるんだ。ステージのライトがついているけど、あの感触を味わうのにバンドのメンバーである必要はない。サッカーのユーロ欧州選手権で勝つのを待っていることだってあり得るわけだからね」

偶然にも『NME』がサージ・ピッツォーノとのインタヴューを行った数日後、イングランドの女性チームは56年分の悔しさをユーロ欧州女子選手権初優勝で上書きすることになった。カサビアンの新作からの最新シングル“THE WALL”は、彼らが生中継でライヴ演奏をしたことによりその興奮のサウンドトラックとしても選ばれている。「You get back up, you get back up again(君は立ち上がる また立ち上がるんだ)」とサージ・ピッツォーノはゆっくりとした盛り上がりを見せるエモーショナルなこの曲で歌う。この曲は2日酔いに屈したような気持ちについて歌うシンプルな曲として始まったが、この文脈の中で、逆境を乗り越えるためのアンセムへと変貌を遂げた。

サージ・ピッツォーノが言及して歌っている推進力は、2020年にバンドが崩壊しかけた後の深い感情から掘り起こしたものであり、『ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』の正真正銘の核心である。サージ・ピッツォーノはトム・ミーガンが有罪判決を受けたことをバンドが知った後、海辺に住んでいる女兄妹に会いに行ったと過去に語っている。バンドが乗っているボートに「巨大でファッキンな波がぶつかってきた」姿を想像し、沈むのか浮くのか思いを馳せたという。勇気が勝ち、サージ・ピッツォーノは錬金術師の主人公が旅をする道中の紆余曲折という緩やかなコンセプトの下にアルバムをまとめた。

「俺はかねてからシンボルや錬金術記号に夢中だったんだ」とアルバムのタイトルや根拠について彼は説明する。「頭の中で、ある言語……自分で作れそうな新しいタイプの文字で存在している。俺は『アルケミスト(錬金術師)』という言葉が大好きでね。スタジオという文脈の中で様々な音楽を持ち寄って新しいものを作るという概念が好きなんだ。それに、俺たちが今までやってきたことはすごくユーフォリック(陶酔的)だったしね。俺はユーフォリアという言葉も大好きなんだよ」

「何かを作っていてもラッキーな時は、すごいリフとか歌詞とか何かを思いつく瞬間が時折現れる。それがユーフォリアの部分だ。だから『ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』というのは、錬金術師が感じる時が止まったような感触のことなんだ」

アルバムのオープニングを飾る打ち寄せる波の音についてサージ・ピッツォーノは次のように続けている。「それからアルバムについて言えば……俺が想像したのは、このアルバムが“岐路”のような決断に近い状態になっている感じの姿だった。波があって、錬金術師が岸辺に座っている。安全な港に留まるか、それとも船に乗るかの決断を彼がするかどうかということだね。みんなが共感できることだと思う。誰もが人生のどこかの時点で経験するものだから。その時どうする?ということなんだ。その決断をするだけの気概があるのか、それともないのかというね」

トム・ミーガンのいない未来についてどのくらい時間をかけて熟考したのか、そして最終的に前進することについて罪悪感を覚えたかどうか、本誌がサージ・ピッツォーノに尋ねると、ムードががらりと変わった。

「じっくり時間をかけるというのは難しい」と答えるピッツォーノの声はそれまでより穏やかになり、目力も弱くなっている。「そりゃ、あらゆる感情があったよ。だけど、究極的には、最終的にバンドである俺たちは続けることを望んだ。他に何をすると言うんだい?」

サージ・ピッツォーノはトム・ミーガン脱退直後の余波についてバンドにとっても彼自身の家族にとっても「恐ろしく」、「いろんな観点で胸を痛めるものだった」と語っている。「その後は少しずつ自分の生活を立て直していったんだ」

ミュージシャンの彼がその傷ついた心境について語りたがらないのも無理はない。脱退以降メンバーと口を聞いていないとはいえ、トム・ミーガンは20年以上もの間親友であり、バンド・メンバーだったのだ。「バンド内のことだからね。深いことは分かるだろ」とサージ・ピッツォーノは続けている。「この話にはもっといろいろあるけど、俺たちの間だけで留めておきたいことのひとつなんだ。これからもそうしていくつもりだよ。あの頃は美しかったし、いつまでもそうあり続ける。でも、あの時はあの時、今は今だ」

トム・ミーガンがもうカサビアンにいないことの影響や、ソングライティング全体に及ぼした影響について尋ねると、サージ・ピッツォーノはトム・ミーガンの遺産を損なうことを避けているかのように、丁重にぼかした答え方をしているように見受けられる。

「ファースト・アルバムから今回のアルバムまでプロセスには別に変化はないよ」と彼は語る。「今までとまったく同じだ。毎日スタジオに入って、何かアイデアを思いつこうとしたり、曲をまとめようとしたりした。それからヴィジョン的にも……初めからまったく同じなんだ。だから単に、毎朝起きて『何かいいアイデアはないかな?』と思って様子を見るというだけだよ」

トム・ミーガン脱退後のサージ・ピッツォーノは現実的なアプローチをとっており、リーダーとしてパフォーマンスのスタイルを強化している以外は以前とほとんど変わらないように見受けられる。『ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』はこのソングライターの現時点で最高のアイディアが形になっており、クラシックな90年代のハウスとヒップホップといった鍵がいくつかのトラックの根底を支えている(トリッピーなレイヴ曲“STARGAZR”やハドーケン!風のエレクトロクラッシュの“ROCKET FUEL”を聴いてほしい)。そこには彼が2019年に立ち上げ、スロータイやリトル・シムズも参加したデビュー・アルバムをリリースしたソロのサイド・プロジェクト、ザ・S.L.P.の折衷主義も反映されている。

新作を締めくくる裏ワザ的なアコースティック・バラード“LETTING GO”においてサージ・ピッツォーノはあの岸辺に打ち寄せる波のサンプリングを再度登場させている。この曲で「Even if your head’s not right, it’ll be alright / If you just start letting go(頭がおかしくなったとしても大丈夫/なすがままにすればいい)」と歌い上げる彼のヴォーカルはかつてないほどに軽やかであり、説得力を増している。しかし、アルバム中最高の瞬間が訪れるのは“T.U.E (The Ultraview Effect)”である。躍動感のあるダンス・チューンがピンク・フロイド風の自由に流れるプログレ・ロックのスペース・オペラへと発展していく。タイトルは宇宙飛行士が宇宙に辿り着いて、違った視点から地球を見たときに体験するスピリチュアルな意味での変化を指している。サージ・ピッツォーノはそのような考えに魅了されていると語ったことがあり、その宇宙人的な感触をトム・ミーガンなしで先に進んでいくときの感触になぞらえている。

これらの音的な実験や新しいラインナップから鑑みるに、7作目のアルバムでは変化をつけることがこれまで以上に重要に感じられたということなのだろうか。「そういう訳じゃない。そうは思わないな」とサージ・ピッツォーノは語る。「このアルバムは今まで作ってきたすべてのアルバムの集大成だと思うんだ。それぞれのアルバムを聴き返せば、俺たちがとてつもなく多くの領域に足を踏み入れてきたことが分かる。カサビアンのサウンドというのは間違いなく存在するけど、それは初めからあったアイデアの延長線上にあるんだ」

「俺にとって伝えたかった大切なことは……俺の集中力はボロボロなんだ。世の中の集中力もそうだと思う。だから強いて言えば、俺はすべてを超単刀直入にしたかった。1曲に4~5曲詰め込みたかった。変化をつけたかったし、飛び回るような感じにすることによって、何度かけても初めて聴いたときのようにフレッシュで新しいアルバムにしたかった。今までやったことの延長線上にあるから『次に行ったところ』のような感じがするんだ」

という訳で『ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』の楽曲は揃った訳だが、サージ・ピッツォーノは今度はそれらをステージ上で見せていかなければならない。前述した先月のトラック・フェスティバルでの素晴らしいヘッドライナーのステージの最中、彼は観客に対して「この夏最高のライヴだ……間違いなくヤバいものになっているよ」と語っている。「これがあるからバンドをやるんだ」

今日の彼は真の意味で素晴らしいライヴ・ショウの条件とは何かを考えている。それは2000年代初期以来、このバンドのアプローチの大きな部分を占めている。「曲に新しい息吹が必要だと思うんだ。今までとは違った解釈が必要なんだ。すごくうまく歌うことはできるかもしれないけど、そうできたところで、CDを聴いた方がマシかもしれない」

しかし、彼にとって素晴らしいライヴのインスピレーションとなるものは、カサビアンを単なる若造ロッカーの集団と切り捨てた者たちを驚かせるかもしれない。彼らはその人生の大半をかけてそのようなレッテルに抗ってきた。「2、3年前にケンドリック・ラマ―を観に行ったけど、あれはすごかったね。インスピレーションになったよ。それからタイラー・ザ・クリエイターも観に行った。ああいうライヴは……音楽を融合させるというのもあるけど、誰でも受け入れる懐の深さがあると思うんだ」

だからと言って、カサビアンがこれまで比較されてきたオアシスらと距離を置く決心を固めたという訳ではない(反抗的なトム・ミーガンはリアム・ギャラガーと、マジックを手掛ける頭脳であるサージ・ピッツォーノはノエル・ギャラガーと比較されてきた)。リアム・ギャラガーは6月に行ったネブワースの大規模公演でカサビアンをサポート・アクトに迎えたが、サージ・ピッツォーノたちにとって特別な思いを抱かせることになった。そのリクエストは新生ラインナップで公の前で演奏しないうちに来たものだったからだ。

「リアム・ギャラガーはいつだって間違いなく粋な人だよね。それこそ最初の日からね」とサージ・ピッツォーノは手放しに語っている。「俺たちはまだライヴを一度もやったことがなかったのに、サポートを務めてほしいと言ってくれたんだ。そんな感じに信じてくれている。信じられないことだよ。とにかくものすごく生き生きしていて、愛をもって支えてくれている。しかもとてつもなく大きい愛でね」

今後のカサビアン、あるいはザ・S.L.P.に何が待っているのかは分からないが、サージ・ピッツォーノはシンプルに「音楽のフォルダが山ほどある」と説明する。この夏、フェスティバルでファンから受けた“美しい”レスポンスに触れ、未来への明るい希望を持っているという。「何か美しいことが起ころうとしているよ。アルバムは素晴らしいものを作った実感があるし、心からハッピーなんだ。だから様子を見てみるよ」

誰かがかつて言ったように、「状況は好転しつつある(t’s getting better)」のだ。実際、リアム・ギャラガーの楽観主義が波及して、サージ・ピッツォーノは楽しそうにも見える。彼はリアム・ギャラガーがネブワースで教えてくれた名言を教えてくれる。「旗を拾え。拾って、歩みを進めるんだ」サージ・ピッツォーノはその時のことを振り返りながら、オアシスのキャッチフレーズを引き合いに出してみせる。「D’you know what I mean?(俺の言ってること分かるかい?)」そして、2022年のカサビアンの心構えをストイックにこう要約してみせた。「歩み続けていくのさ。いつものようにね」

リリース詳細

Kasabian | カサビアン
ニュー・アルバム
『The Alchemist’s Euphoria | ジ・アルケミスツ・ユーフォリア』
発売中(2022年8月12日)
国内盤CD
¥2,640(税込)
ポスター封入
国内盤限定特典:初回仕様限定ステッカー封入/解説・歌詞対訳付き

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