Photo: Ewen Spencer

前作でキャリアを劇的に変えるブレイクを経験しながら、これほど大胆な転換作を発表できるバンドはなかなかいない。でも、それがこのバンドなのだろう。そして、それは至る所でつまらないリアリズムを積み重ねたことによって、結局は目も当てられない現状になっているこの世界に対しての痛烈なカウンターともなっている。

フォンテインズD.C.が10月16日に通算5作目となるニュー・アルバム『ドーパミン・チェインバー』をリリースした。しかし、このアルバムで描かれる世界観というのは実に重苦しいものだ。フロントマンのグリアン・チャッテンは本作についてプレス・リリースで「希望をあえて排除し、この世界の醜さを正直に映し出したほうが力強いと思った。この作品は、より破滅的な警告のように感じられる必要があったんだ」と語っていたが、今回のアルバムで一つ大きなトーンとなっているのはSF映画の世界観を彷彿とさせるような人工的なサウンド・テクスチャーで、まさにアルバムは壊れた世界を前にしてディストピアをそのままディストピアとして描いたような、そんな作品になっている。

最後に出口が用意されているわけでもない。ベーシストのコナー・ディーガン3世はプレス・リリースで「僕たちのアルバムは常に“場所”という感覚について問い続けてきた。最初はダブリンについて、その次はダブリンを離れることについて、そして別の場所にロマンスを見出そうとしてきた。今回のアルバムでは、その問いが『人はどこへ逃げるのか?』になったんだ」と述べているが、本作は逃げ場がなく、不穏な手触りを残したまま、11曲のトラックリストは幕を閉じることになる。

しかし、それでもスタジアム・バンドとして今の状況を迎えている、その事実が何よりも現在のフォンテインズD.C.が示すステートメントだろう。来年には母国アイルランドでは8万人収容のスレイン・キャッスルで2公演、UKでもマンチェスターのヒートン・パークやロンドン・スタジアムで公演を行うことが決定しているけれど、彼らは自分たちの意志を曲げることなく、ふさわしいアルバムを作り上げた。ここでは日本のレーベルが行ったグリアン・チャッテンの公式インタヴューを掲載する。

――前作の『ロマンス』は当時のフォンテインズD.C.にとって最大の飛躍作であり、当時あなたは「自分たちの作品を聴いて脅威を感じたのは今回が初めて」だと語っていました。でも、この『ドーパミン・チェインバー』はその地点を軽々と超えた傑作になりましたね。あなたの手応えとしてはどうですか?

「ありきたりな言い方だけど、分かる時ってやっぱり分かるんだよね。すごく直感的なものだと思う。前作を超えようとしたり、前作のことを意識しないようにしたりするより、別の角度から音楽そのものを好きになることが一番なんじゃないかな。今回はそれができたと思ってる」

――本作を完成させるプロセスにあった感情として、最も近いものは? 快感? 興奮? それとも格闘? 苦悩でしょうか?

「たぶん、一番近いのは“思いやり”かな。『ロマンス』以降、世界では本当にいろんな暗いことが起きてきたし、それが今も続いてる。毎日ニュースを見るのもしんどくて、そういうものが自然と今回の曲作りにも入り込んできたんだと思う。ただ、それを露骨に言葉にするんじゃなくて、もっと感情のレベルで作品に落とし込みたかった。少なくとも自分にとって、そういうことが起きている世界で生きるってどういう感覚なのか、その感覚そのものを表現したかったんだ。仕事に向かう途中でも、地下鉄に乗ってる時でも、誕生日パーティーにいる時でも、みんなそれぞれ何かを背負ってる。その世界の重さみたいなものを、ちゃんと思いやりを持って描きたかった。でも、上から目線にはなりたくなかったし、何かを教えたり、説教したりするような作品にもしたくなかった。ただ、そこに寄り添うような作品にしたかった。だから“思いやり”って言葉が一番近いと思う」

――「現実世界の過酷を生き続けることを選ぶのか、それとも目を閉じて何かしらの価値観に従って笑って生きていくのか」という、フォンテインズD.C.が過去にも歌ってきた命題に対し、本作ではよりシビアな瀬戸際でそれが問われているように感じました。『ドーパミン・チェインバー』がかくも切迫感に満ちた、ジ・エンドに向けたカウントダウンを刻むようなアルバムになったのはなぜなのでしょう?

「少なくとも自分の周りでは、友達にしても家族にしても、会話の内容が暗かったりネガティヴだったりすることが多くて、結局いつもそこに戻っていく。例えば、父親とはダブリンに帰るたびに、何かを必死に沈まないようにしてるみたいな感じになる。世界で起きているひどいことやネガティヴなことについて話しているうちに、どんどんそっちに沈んでいって、それで『よし』って手を叩いて、顔に水でも浴びて、なんとか物事の明るい面を見ようとする。だから、自身、ものすごく現実的な脅威に囲まれているというか、押し寄せてくるような感覚がある。本当に、ものすごく現実的な脅威なんだ。でも、俺がここで言ってるのは鬱とかそういうことじゃない。ただ、気づいてしまっているってことなんだよ。少なくとも俺はそう感じてる。だから、時限爆弾の音は確かに鳴ってる。ただ、みんながそれを聞きたいわけじゃない。でも、たとえ一瞬でもそれを心の中に入れてしまって、しかも、自分がアーティストなら、それはどうしたって作品に出てくると思う」

――このアルバムは強烈な視覚的イメージやナラティヴによって、立体的なアートとして存在しているのがすごいと感じますが、それはコンセプトとして5人が予め共有していたものですか? それとも、制作過程で浮かび上がってきたものでしょうか?

「曲を書けば書くほど、少なくとも自分は、アルバムそのものにもっと立体的な感覚を持たせたいと思うようになってる。年齢を重ねるにつれて、音楽以上に映画から影響を受けることも増えてきた。特にパオロ・ソレンティーノや、スペインの監督であるペドロ・アルモドバルの作品には惹かれるね。彼らの映画には、いわゆるマジック・リアリズムみたいなものがあると思う。舞台は現実の世界で、起きていることもリアルで信じられるものなんだけど、その空気の中にどこか不思議なものが漂っている。登場人物や物語も、最後には現実ならそこまで行かないようなところまで進んでいったりする。アーティストとして、そのバランスはすごく面白いと思うんだ。現実の世界にあるものを映しながらも、自然と惹き込まれるような不思議さがあって、でも同時に、自分のこととして感じられるくらいにはリアルである。その両方を成立させたいんだと思う」

――本作で特に際立っている新境地はシンセとストリングスのオーケストレーションですよね。アルバム前半のシンセ・サウンドは単なる付加要素ではなく、まさに『ドーパミン・チェインバー』を重層的に作り上げる主役になっています。本作でエレクトロニックなサウンドへと向かったのはバンドのタイミングとして必然だと思いますか?

「そうだね。今回、エレクトロニックな方向に向かったのは、自分たちが表現しようとしていたテーマともすごく結びついてると思う。社会としても、人類全体としても、自然な生き方からどんどん遠ざかってる気がするんだ。だから、その感覚を曲の質感として表すなら、電子楽器の方へ向かっていくのはすごく自然だった。俺の中では、まず『スキンティ・フィア』があって、その次の『ロマンス』では、産業化とか未来主義みたいなものの脅威がかなり強く感じられる。そして、今回のアルバムでは、それがさらに進んで、もっと人間と機械が融合したような感覚になってる、という感覚かな」

――“Six Shot Morning”ではギターが鳴っていないですし、“Mimesis”もこれまでのフォンテインズD.C.の作曲プロセスでは生まれなかった曲じゃないかと感じましたが、ソングライティングの手法は意図的に変えたのでしょうか?

「いや、意図的というわけじゃない。最初から何かを決めて作ることにはかなり慎重で、どちらかというと気持ちとか直感に導かれるままにやりたいんだ。例えば、自分が楽しみながら直感に従って曲を書いていて、ふと気づいたら直前に書いた6曲のうち5曲でシンセや電子楽器をかなり使っていたとする。そうしたらそこで初めて、『ああ、今の自分はこういうことを表現したいんだな』って気づく。そこから自分の中をさらに掘っていって、その時点で初めて意図的なものになっていく感じ。だから、曲作りを始める時に黒板を用意して、『今回は何をやりたい?』って項目を並べたりは絶対にしない。まず自然に起こるに任せる。それから、自分たちが何をやっているのかに気づいて、そこをさらに引き出していくんだ」

――前作でジェームス・フォードと組んだことは大きな転機だったと想像しますが、ジェームス・フォードが『ドーパミン・チェインバー』にもたらした最大のものはなんだったと思いますか? 彼から本作のサウンドメイキングで学んだことがあったとしたら?

「ジェームスがやってくれたことのひとつは、俺たちの曲作りやプロダクションにある映画的な要素を、ちゃんと形にする手助けをしてくれたことだと思う。そこは実際、かなり難しい部分だった。俺たちのデモは、やろうとしていること自体はすごく壮大なんだけど、その映画的な感覚やスケール感、リバーブやシンセの使い方なんかは、まだかなり荒削りだったと思う。でも、ジェームスは、それぞれの楽器がちゃんと生きるスペースを作るのが本当にうまいんだ。ひとつの曲に何十もの音が重なっていても、全部がぐちゃぐちゃに混ざって、マッシュポテトみたいにはならないんだ(笑)」

――『エイリアン』や『ストーカー』、『鉄男』といったインダストリアルなボディホラーやSFにも影響を受けたそうですが、身体が何かに乗っ取られる、という感覚が今のあなたたちに響いたのはなぜでしょう?

「だって、実際、もうそうなってると思うんだよ。電車に乗って車内を見渡したら、見える人がほとんど全員スマホを見てたりするだろ? 俺には、それってもう身体を乗っ取られてるように見えるんだ。しかも、それを普通のこととして受け入れてるほうが、むしろ異常に感じる。 だから、機械と人間が一体化していくようなヴィジュアルに惹かれるんだと思う。それにAIだって、俺たちの生活にとってかなり現実的な脅威だと思うし、本当に怖い時代だよ。『鉄男』もそうだし、もちろん『AKIRA』でも似たようなことが起きるよね。ある意味では、人間が有機的な存在であること自体が終わっていく、みたいな感覚なんだと思う」

――“One Man”をはじめ、後半はストリングスが際立つナンバーも多いですよね。オーケストラのアレンジはあなたが手がけたそうですが、本作にストリングスが必要だと思った理由はなぜだったんでしょう?

「このアルバムを単なるインダストリアルな作品にしたくなかったんだ。そのためには、インダストリアルな部分と、昔ながらの有機的な感覚がぶつかり合うような要素が必要だった。これはただ機械やロボットについてのアルバムじゃなくて、人間らしさが失われていくことだったり、自然な生身の人間であることや、人間ならではの美しい感情が失われていくことについての作品なんだ。俺は子どもの頃、特に50年代や60年代の映画をものすごくたくさん観ていて、ああいうロマンティックなストリングスの音がずっと好きだった。あとは今回、60年代のイタリアのポップ・シンガー、ミーナもかなり聴いてたんだけど、俺にとって彼女の音楽は、今の俺たちが失いつつあるものを象徴してるように感じたんだ。もちろん、彼女自身のことじゃなくて、そのサウンドや歌声、そのダイナミックさとか、すごく個性的だったところとかね。その一方には、未来的で、ダークウェイヴやインダストリアルのような音楽がある。その二つがぶつかり合って、一つになる。そのせめぎ合いが俺にはすごく面白いんだ。だから『半分人間で、半分機械』っていうイメージが出てきた。人間の側をミーナや映画のストリングスが象徴していて、未来的な側をディストピア的サウンドが象徴してる、という感じかな」

――本作のストリングス、そしてもちろん歌詞においては、あなたがヨーロッパを旅したことが大きな影響になったそうですね。具体的にどんなインスピレーションを得て、歌詞やサウンドに反映したのでしょう?

「旅した場所の景色、そこで感じた空気、そこにいる人たちの感じ。特にシチリアのパレルモの人たちは、本当に生き生きしていて、すごく魅力的な人たちだと思った。そういうものが人間が本来持っている有機的な部分を表現するための質感になったんだと思う。それに、イタリアみたいな場所には、豊かさとか退廃とか、壮麗さみたいなものが至るところにあるよね。教会にしても、街の建物にしても、その半分くらいが巨大な芸術作品みたいで、人間がどれだけのものを作り上げてきたかを物語ってる。だから、そういうものに囲まれていたかったんだと思う。ロンドンの陰鬱なコンクリートの質感は、もう自分の中に十分すぎるくらいあったから。そっちはもう足りてるなって(笑)。だから今度は、もっと明るさとか、幸せな感覚のほうが必要だったんだ」

――夢と現実がまだらになった“Marianne”にはフロイトの街であるウィーンを、「浮遊する都市、飾り立てた頽廃のダンスに終わりはない」と歌う“Intimate”には水没しつつあるヴェネチアの滅びの美学を感じましたが、実際はどうだったんですか?

「“Intimate”は一人でヴェネチアに2日間行った後に書いた。あそこにいる間は、かなり複雑な気持ちだったんだ。ある意味ではアーティストとしてリサーチをしに行ってたわけだけど、『観光客は帰れ』っていうグラフィティの前を通った時に、それは自分にも向けられてるなって思った。まあ、そりゃそうだよなって。この街は沈みつつあるのに、観光客で埋め尽くされてるわけだから。だから、そういう意味ではヴェネチアを出て、あの街をヴェネチアの人たちに返せることに少しホッとした。でも、頭の中にはずっと退廃的な仮面舞踏会というか、仮面をつけた乱痴気騒ぎみたいなイメージがあった。ヴェネチアを舞台にした作品によく出てくるような、『アイズ ワイド シャット』みたいな世界だよね。長い鼻のついた仮面とか。実際、街ではそういう仮面がたくさん売られてた。それを人々が買っていて、その周りにはルネサンス期の途方もない芸術作品があって、しかも街そのものは文字通り沈みつつある。これは、別に空想でも何でもなくて、本当にそうなんだよ。そこに、世界の終わりに繰り広げられる、どこか狂った最後のパーティーみたいなものを感じた。だから、あの曲もそういう音にしたかった。聴いてもらえばわかると思うけど、俺にはあの曲が嵐みたいに聞こえるんだ。最後にすべてが押し寄せてくるような、終末みたいな音。そういう感覚にしたかった」

――フォンテインズD.C.のアルバムに収録される初のコラボレーションの相手がロザリアになった理由はなぜだったんでしょう? どういう経緯でこの夢のタッグは実現したんですか?

「ロザリアも自分の音楽で似たようなものを追い求めてる気がするんだ。彼女のキャリアの初期を振り返ると、最初の数枚はフラメンコや、もっとオーガニックな音楽からものすごく強い影響を受けてるよね。それは自分たちにも少し似ていて、俺たちはアイルランドのフォークや伝統音楽、昔から語り継がれてきた物語や、人間そのものの物語から影響を受けてきた。でも、お互いキャリアを重ねるにつれて、どんどん映画的で、終末的で、少しインダストリアルなサウンドへ向かっていった。だから、これまで作ってきた作品全体を通して、俺たちはどこか同じようなものを表現しようとしてるんじゃないかと思う。それに彼女の歌声を聴いてると、俺が言いたいことの多くが、その歌い方だけですでに表現されてるように感じるんだ。彼女はミーナや、あの時代の素晴らしいアーティストたちみたいな、60年代のヨーロッパのポップスの歌い方もできる。でも、同時に生まれつき備わってるような現代的な感覚もある。だから、俺がアルバム一枚かけて言おうとしたことを、彼女ならひと息で言えてしまうような気がしたんだ」

――レコーディングは別々だったんでしょうか?

「レコーディングは別々だった。アルバムのテーマがインダストリアルで未来的なものだってことを考えると、ある意味皮肉だけどね(笑)。その時、ロザリアはツアー中だったし、俺たちが声をかけたのも本当にギリギリだった。というか、そもそも彼女に何かお願いする勇気がなかなか出なかったんだと思う。それで4曲送って、『このなかで何か興味を持った曲があったら教えてほしい』って伝えた。そしたら確か48時間もしないうちに、完成したヴォーカルを全部送り返してくれたんだ」

――“Japan”は歌詞を読むとトキシックな恋愛関係が描かれていて、男が日本にいるという設定ですが、なぜ日本だったんでしょうか?

「たしか、前回日本にいた時に歌詞を書き始めたんだと思う。それに今って、ファッションとかポップ・カルチャーを含めて、日本の文化がイギリスやアイルランドに与えてる影響ってすごく大きいと思うんだよね。だから、この人物の恋人がいる場所として、日本っていう設定がなんとなく面白いなと思った。でも、その男が日本人だっていう意味では全然ないよ。そういうつもりで書いたわけじゃない。ただ、日本ってやっぱりすごく興味深い場所だと思うんだ。この曲は実際、人と深くつながることがなかなかできない、強い女性を描いた曲なんだ」

――『AKIRA』が『ロマンス』に与えた影響にしてもそうですが、フォンテインズD.C.にとって日本のポップカルチャーや日本的な美的感覚というものは、完全に「別世界」、「異質」であるからこそ刺激を受けるというものなのでしょうか?

「東京ほど、あれほど無数の光が瞬く街って今まで見たことがなかったと思う。LEDもあんなにたくさん見たことがなかったし。アイルランドの小さな町で育った俺にとっては、感覚が処理しきれないほどの刺激だった。今回の音楽でも、そういう感覚を圧倒されるような体験みたいなものを描こうとしていたところがあるから、東京で感じたあの質感はすごく重要だったと思う。インダストリアルな部分にもつながってる。
それに渋谷や新宿を歩いてると、店とかバーとか、いろんなところから、すごく加工されて圧縮されたポップ・ミュージックが大音量で流れてくるよね。あれもすごく面白かった。なんて言えばいいんだろう、ものすごくハイパーなポップというか、極端に圧縮されたポップというか。あの音の質感は、今回かなり面白いものとして取り入れられたと思う」

――ラストの“Intimate”を聴くと、コナー・ディーガン3世が言っていた「どこへ逃げるのか?」に対する答えが「どこにも逃げられない」であると感じます。この重い幕切れは必然でしたか?

「前作は“Favourite”で終わっていて、あの曲にはどこか希望があったと思う。でも、今回はそういう終わり方にはしたくなかったんだ。もっと破滅が迫ってくるような感覚というか、ある種の警告みたいなものを残して終わらせたかった。もちろん、世界がこのアルバムみたいな終わり方をしないことを願ってる。でも、俺が思う『世界はこういうふうに終わるかもしれない』という感覚で終わるアルバムにしたかったんだ」

――ダブリンから世界へ、ギター・ロックのピュアイズムから現実世界を映し取ったカオス的サウンドへと、加速し続け、拡張し続けてきたフォンテインズD.C.ですが、あなたたちを駆り立ててきた最大の動力源はなんだと言えますか?

「その原動力があるからこそ、俺たちは曲を書くことを好きでい続けられるんだと思う。少なくとも俺自身のことを言えば、変化も成長もなくて、惰性で音楽を作るようになったら、音楽との関係自体がすぐに古びてしまう気がする。そうなったら、たぶん本気でパニックになると思う。音楽がなくなったら、自分の人生に他に何が残るのか、正直わからないから」

インタヴュー:粉川しの 通訳:青木絵美

リリース詳細

label: BEAT RECORDS / XL Recordings
artist: Fontaines D.C.
title: Dopamine Chamber
release date: 2026.10.16. Fri
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15975

来日公演

2027年1月28日(木)SGC HALL ARIAKE
OPEN 18:00 START 19:00
チケット:
アリーナスタンディング 前売り:¥11,000
スタンド指定席 前売り:¥11,000

2027年1月29日(金)名古屋ダイアモンド・ホール
OPEN 18:00 START 19:00
チケット:
スタンディング 前売り:¥11,000

2027年1月31日(日)なんばHatch
OPEN 17:00 START 18:00
チケット:
1F スタンディング 前売り:¥11,000
2F 指定席 前売り:¥12,500

更なる公演の詳細は以下のサイトで御確認ください。

https://smash-jpn.com/live/?id=4784

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