• Rating
  • ★★★★★★★☆☆☆
  • 7/10

efc3a4f25b83a143df29983c11184a6b.1000x1000x1ドクター・ドレーにマーケティングのチャンスを掴む視点がないからといって、誰も彼を責めないでほしい。16年の間、このラップ界の大御所はマイクから離れたところで大半の活動を行ってきた。ケンドリック・ラマーや弟子のエミネムにトラックを提供し、高性能ヘッドフォンのブランド、ビーツ・エレクトロニクスを設立し、発展させてきた。その間、今も色褪せることのない1999年発表のギャングスタ・ラップの名作『2001』に続く作品をほのめかしてはいた。長きに亘り予告されてきた『Detox』とインストゥルメンタル・アルバムの『The Planets』、これらのアルバムは結局実現することはなかったが、2015年になってより重要な作品が現れた。30億ドルでアップルに買収されたビーツ・エレクトロニクスは、いまやアップル・ミュージック帝国の一翼を担い、ドレーもそこに加わっている。そんな折に映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』が公開されることになったのだ。ドクター・ドレーも在籍した80年代のギャングスタ・ラップ・グループ、N.W.A.を描いたこの映画だが、プロデューサーにはドクター・ドレーとかつて共にグループの一員だったアイス・キューブが名を連ねている。そして、本作『コンプトン』がリリースされることになった。3つのビジネスによる収益をやり繰りし、大金を稼ぎ出す方法としては、このアルバムはそれほどアーティスティックな洞察に満ちているとは言えないかもしれない。

しかし、過去の遺産をめぐる議論もあるのだ。50歳を迎えたドレーは『コンプトン』が彼の最後の作品だと語っている。そして、確かに本作は物語の終わりを感じさせる作品になっている。彼の出生地であるロサンゼルスの街並をパノラマで描いたような本作は、絶対的信頼を自認している作り手にしては内省的な作品になっている。アルバムのオープニングを飾る“Talk About It”では、ドクター・ドレーがフードを被った詐欺師から企業CEOになるまでの自らの物語を語ってみせる。その1行目は、新しい弟子のキング・メズによる巧みなリリックに続く形で「I just bought California!(カリフォルニアを買ったところだ!)」と高らかに宣言するものだ。こうして彼のしなやかなG-ファンクのサウンドがドリルやトラップといった新しいラップ・スタイルを世に知らしめたことが最初に示されるのだ。アルバムの前半で傑出している“It’s All On Me”は絹のようになめらかなソウル・ナンバーで、若き日のドクター・ドレーが曲を4トラックで録音するところから警官の警棒で打たれるところまでが描かれる。哀愁を帯びた“Darkside/Gone”には同郷のケンドリック・ラマーがフィーチャーされているが、ここでドクター・ドレーはサンプリングしたイージー・ Eの声を挿入し、今は亡きN.W.A.のバンドメイトが天から彼を見下ろしているような印象を作り出している(イージー・ Eが天国の門を叩いたとは驚く人もいるだろうが、厳しい現実にまみれた世界では、このファンタジーへの逸脱は心に染みる)。

『コンプトン』には多数のゲストアーティストが集結しており、いくつかの理由で賢い選択と言えるだろう。ドクター・ドレーは、ヒップホップ界で最も優れた言葉の魔術師というわけではない。周知の通り、彼は韻を踏んだリリックを作るためのゴーストライターを何人か雇っており、マイク・スキルに関しても華麗であったり特に技術的に優れているというよりは、むしろ荒々しさが残ったものだ。しかし、アルバムの顔ぶれに関して、大物アーティストたち(ケンドリック・ラマー、エミネム、ザ・ゲーム、スヌープ・ドッグ)と新人(前述のメズや、16曲のうち6曲に参加しているR&Bシンガーのアンダーソン・パーク)とのコラボレーションを見る限り、ドレーは誰もが羨むようなコンタクトを持つと同時に、ストリートに根ざした耳も失っていないようだ。

過去の遺産を考慮するとなると、『コンプトン』は、N.W.A.のあまり好ましくない一面も思い出させてくれる。N.W.A.の“Fuck Tha Police”のような曲は警察の人種差別的な暴力への返答として表現されているが、ドレーの音楽は道徳的な高みに立つために闘争するようなことは滅多にしない。そのメッセージとは「成功せよ、あとはクソくらえ」というものだ。そうした冷淡さがまかりとおっているのだ。“Loose Cannons”の歌詞では、ある女性がラッパーのコールド187umに射殺され、墓に埋められる前に命乞いをする。ヒップホップのリリックの歴史を辿れば、もっと不快なことはあるにはあるが、そこには文脈がなく、純粋に語られているために一層陰鬱に感じさせる。同じく、エミネムがゲスト参加している“Medicine Man”は素晴らしい曲ではあるが、「レイプしたビッチでさえイカせてやった」などの歌詞は、どうしても嫌悪感とうんざりした気分を抱かせる。少なくともこの点に関しては、ドレーが評価されることhないだろう。しかし、『コンプトン』がよくできた作品であることに疑いの余地はなく、21世紀のヒップホップにおいて最高クラスの作品である。いずれにせよ、ドクター・ドレーの名が忘れられることはないだろう。

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