長い間、待ち望む声が上がっていたフランク・オーシャンの新作がついにリリースとなった。このアルバムは、『ボーイズ・ドント・クライ』と呼ばれていたが、最終的にはこのR&Bシンガーが所有するレーシング会社と同じ『ブロンド』という名称に変更されている。
「このアルバムの楽曲をすべて作ることで、人生でも最高の時を過ごすことができたよ。みんなに感謝してる」とフランク・オーシャンはタンブラーに記している。「特にこのアルバムを完成させなければいけないということを僕に忘れさせなかった人たちにね。そうなると、基本的に全員になるんだけどさ。ハハ。愛してるよ」
それでは、アルバム『ブロンド』を1曲ごとに聴いた感想を述べていきたい。
“Nikes”
このアルバムのリード・シングルとして、アルバムより24時間前にリリースされた。まだリリースから日は浅いが、すでに大勢のファンの間でフランク・オーシャンの名曲として受け入れられているはずだ。このシングルの『NME』のレヴューでは「ポップ・ミュージックに変化を加える巧みな手腕」を示す曲で、さらに『チャンネル・オレンジ』収録曲の中心となる大作“Pyramids”以来の彼の最高傑作である、と評している。
“Ivy”
元々は2013年に(初期段階の曲ではあったが)ミュンヘンで初披露された“Ivy”は、フランク・オーシャンが破局した関係について思いを巡らせる曲だ。「君が愛してるって言ってくれた時、俺は夢を見ていたんじゃないかと考えてた」と儚いギターの音色を背に彼は歌っている。トラックの主張が強かったアルバム『エンドレス』とは異なり、このトラックではフランク・オーシャンのヴォーカルがクリアに、前面に押し出され、「すべてのことは言うつもりじゃなかったし/するつもりもなかった」と心情を吐露してみせる。クライマックスではフランク・オーシャンの張り裂けるようなファルセットがフィルターを通して響き、それはまるで彼の感情のメタファーのようにも思える。
“Pink + White”(featuring ビヨンセ)
まるで夏のそよ風のような感触の“Pink + White”は、『チャンネル・オレンジ』収録の“Sweet Life”に匹敵するほどトロピカルなサウンドに仕上がっているが、この曲で描かれるのは人生に対するよりリアリスティックな見解だ。ビヨンセのコーラスは終盤で聴こえてくるが、彼女の存在はそれほど目立つものではない。つまり、このプロジェクトに対してフランク・オーシャンが相当の自信を持っているのがよく伝わってくる。ビヨンセを自分の楽曲に起用しながらも彼女に主役を奪わせずに、かつ適切に起用してみせるなんて、誰にでもできることではない。ぜひ想像してみてほしい。
“’Be Yourself”
『チャンネル・オレンジ』の“Not Just Money”に似たこの短いスキットでは、彼の母親(バーではしゃぐ母親を見てフランク・オーシャンが恥ずかしがるというビデオをインスタグラムで公開し有名になった)が、ヴォイスメールのメッセージで母心を込めたアドバイスを送るという内容だ。「多くの大学生は学校へ行ってドラッグやマリファナ、アルコールに溺れていった。いいこと、別の人間になろうなんて思わないで。別の人間にはなろうとしないで。あなたでいて、それで十分だと理解しなさい」。そして彼女は「ママでした、電話をちょうだい。じゃあね」と言って電話を切った。ママ・オーシャンはそう説いている。
“Solo”
『チャンネル・オレンジ』の“Lost”でツアー中の享楽的生活を描いているなら、“Solo”では疲れ切ったその結果を表現している。フランク・オーシャンは母親のアドバイスを聞き入れず、夜を1人で過ごさなかったようだ。「豊満な胸」や「バタークリームのように柔らかなシルクのシャツ」は消え、それらの代わりにドラッグの煙霧の跡や、それに伴う凋落が訪れている。「俺たちはソロにはならない」と、『チャンネル・オレンジ』の“Bad Religion”を彷彿とさせるオルガンの音に乗せて感傷的に歌うが、その後に聴こえる「ソロ」の部分は、「so low=すごく落ち込んでる」とも聴こえる。
“Skyline To”(featuring ケンドリック・ラマー)
前述のビヨンセとのコラボがもったいないものだと感じたリスナーは、ケンドリック・ラマーが各所で「スモーク」や「ヘイズ」といった単語を強調しているだけのこの曲を聴くと、このラッパーをフィーチャーした意味がないじゃないかと思うかもしれない。しかし、この2人が以前にタッグを組んだ“Bend Ya”のようなものを期待しなければ、今回のコラボも効果的なものだと分かるはずだ。
“Self Control”
『ブロンド』収録曲としては初の完全失恋ソング“Self Control”は、ロサンゼルスのバンド、スロウ・ホロウズのオースティン・ファインスタインをアディショナル・ヴォーカル兼ギターとして迎えている。この曲の冒頭はピッチを上げたラップで始まり、その後は通常の歌声で、愛情を向ける人物に懇願するさまを歌い上げる。このセレナーデは繊細で、心が締め付けられるようだ。
“Good Guy”
簡潔でローファイなピアノ・バラードの“Good Guy”は、このアルバムのトラックの中でも最も感傷的な印象を残す曲だ。この曲で重きを置いたのは、実際に言及している内容よりも、リスナーの想像力を大きく掻き立てることだろう。前後半に分けると、前半は「自分よりもおしゃべりが過ぎる」男とゲイ・クラブでブラインド・デートをする話で、これは単に「深夜のおでかけでしかない」としている。そして後半では2人の男が「これ以上ビッチはいらない」とし、彼らの心を女性に「砕かれた」と話している。この2つの異なる面は現代の男性の特徴をうまく捉えている。
“Nights”
深夜の日記的な雰囲気が続く“Nights”は、1つ前のトラックと同じく前後編で構成されている。パート1ではフランク・オーシャンが最近の出来事を断片的に描き、クライマックスでは彼が「新たな始まり」を求めて、「太陽が沈んだ」時に目を覚ますような生活を止めると歌う。しかし、さらに心躍るビートに乗ったパート2に入ると、すでに彼が元に戻ってしまったことが分かる(「毎晩その1日を駄目にして/毎日その夜を埋め合わせてる」)。
“Solo (Reprise)”(featuring アンドレ3000)
フランク・オーシャンが後部座席に回った“Solo (Reprise)”では、アンドレ3000がエンジン全開モードで、前出のトラック“Solo”が設定したテーマの彼の解釈を披露している。またこのトラックには、ジャジーなラウンジ・ピアノによるレイドバックした鍵盤運びとジッター処理されたグリッチ音を組み合わせた、冒頭の“Nikes”以来となるエキサイティングなサウンドが盛り込まれている。
“Pretty Sweet”
イン・メディアス・レス(物語の途中から始まる)形式が用いられている“Pretty Sweet”は、フランク・オーシャンが砂嵐の中で独り言を言っているような雰囲気で始まり、リスナーの不意をつく。その後すぐにコーラス・パートが始まり、さらにビートが入ってくると、早々にフィナーレへと駆け込む。短いが満足のいくインタールードだ。
“Facebook Story”(featuring セバスチャン)
このトラックは、エド・バンガー・レコーズのプロデューサーであるセバスチャンが、フェイスブックで当時の交際相手からの友達申請を承認しなかったことで、その彼女に振られたことを振り返っているようだ。文字にするとかなり馬鹿げたことのように思えるが、アルバムの1曲として聴くと痛烈な体験で、フランク・オーシャンがアルバム各所で表現している嫉妬や親密さ、テクノロジー恐怖症などの感情に触れている。
“Close to You”
スティーヴィー・ワンダーもヴォコーダーでカヴァーしたカーペンターズの“Close to You”を、オートチューンをかけて歌ったこのトラックは、耳にこびりついて離れない、親しみを持てる曲だ。
“White Ferrari”
去る11月、このトラックの噂が流れていた。プロデューサーのA-トラックが、ツイッターに「僕の言葉を覚えておいて。数週間後、“White Ferrari”という曲を耳にすることになる。誰の曲かは言えないが、今年一番の曲を耳にすることになるよ」と投稿していたのだ。この静かに燃えるようなミニマルなバラードは、ザ・ビートルズの“Here, There And Everywhere”を引用しており、ジョン、ポール、ジョージ、そしてリンゴの作品のように、トラックを作るには時に素晴らしいソングライティングだけで十分だということを示している。“White Ferrari”は夏の終わり、最後のドライヴに出たような気持ちにさせてくれる。
“Seigfried”
こちらも2013年のライヴで初お披露目されたトラックだ。ファンの撮影した粗い映像の中で生き続けていた“Seigfried”(北欧神話の戦士、Siegfried“ジークフリート”のスペルミス)は、フランク・オーシャンが孤独の悲しみ、逃げたいという欲望、そして愛する人への責任を歌う哀歌になっている。彼がこのアルバムで最も脆い部分を見せたトラックだ。
“Godspeed”(featuring キム・バレル)
“Godspeed”はフランク・オーシャン自身が「少年時代を思い返す」トラックで、元恋人(もしくは報われなかった恋愛対象)に「自分の主張を解き放つ」ことを約束している。ファンは、前作『チャンネル・オレンジ』でフランク・オーシャンに影響を与え、彼のカミングアウトを引き出した人物は誰かと推測するだろう。確かなことは言えないが、どちらにしても“Godspeed”は、愛情という感情は個人のものであり、真の愛情であるために他人と同調する必要はないのだと教えてくれる美しい頌歌だ。
“Futura Free”
9分間という長さの壮大な“Futura Free”でこのアルバムは幕を閉じる。フランク・オーシャンは確かに過去を振り返って、名声を得る前、つまりジェイ・Zからのメールが受信トレイに入る前の人生を回顧している。彼が日雇いの仕事をしていて、タイラー・ザ・クリエイターが彼の家のソファで寝ていた頃に戻っているのだ。これは、フランク・オーシャンが自分に正直であり続けること、彼自身のアートを信じ続けることを歌ったトラックだ。
初めて聴いた『ブロンド』は、多くの人が期待し待ち望んだような、即座に人目を引き付ける最高傑作というわけではない。『チャンネル・オレンジ』ほどの即効性や綿密さはないが、その代わり、彼が前作のほぼすべての歌詞で行っていた性格描写をやめて、今回はより個人的な描写のモードに入っていたことを考えると、内面へと目を向けたフランク・オーシャンの、ソングライターとしての成長が感じられる。この点において、このアルバムはフランク・オーシャンが人間として現在どの位置にいるかということを示す記録であり、この4年間のタイムカプセルであるとも言える。このアルバムの終わりを平凡なインタヴューや友人との私的な会話の断片で締めくくっているのは正解だろう。アルバム全体がフランク・オーシャン自身を物語っていることをこのパートは示してくれる。つまり、親密さがありながらも、今もなお彼は謎めいているのだ。
アルバム『ブロンド』のダウンロードはこちらから。
アルバム『ブロンド』のストリーミングはこちらから。
アルバムのトラックリストは以下の通り。
1 ‘Nikes’
2 ‘Ivy’
3 ‘Pink + White’ (featuring Beyoncé)
4 ‘Be Yourself’
5 ‘Solo’
6 ‘Skyline To’ (featuring Kendrick Lamar)
7 ‘Self Control’
8 ‘Good Guy’
9 ‘Nights’
10 ‘Solo (Reprise)’ (featuring André 3000)
11 ‘Pretty Sweet’
12 ‘Facebook Story’ (featuring SebastiAn)
13 ‘Close to You’
14 ‘White Ferrari’
15 ‘Siegfried’
16 ‘Godspeed’ (featuring Kim Burrell)
17 ‘Futura Free’
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