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プリンスの元ボディーガードであるカーク・ジョンソンは、プリンスの遺族が生前に彼の治療にあたった医師らを過失致死で訴えている裁判で審問に応じたことが明らかになっている。

プリンスは不慮のオーヴァードーズによって2016年4月21日に57歳で亡くなっている。その後、プリンスはヘロインの50倍の効果があるフェンタニルを摂取していたことが明らかになっている。

プリンスの遺族は昨年8月、プリンスが亡くなる直前に彼を二度診察したという医師のマイケル・シューレンベルクに対して「認識可能だったプリンスのオピオイド依存症について、彼に誤った診察や診断、治療、助言を行った」として訴訟を起こしている。一方で、マイケル・シューレンベルクは以前、プリンスの手に渡ることを知りながら自身が第三者に薬を処方したという疑惑を晴らすため、裁判所に3万ドル(約320万円)を支払うことで調停が成立していた。

今回、カーク・ジョンソンは現地時間5月29日にカーバー群裁判所で弁護士らによる審問に応じている。カーク・ジョンソンの弁護士を務めるF・クレイトン・タイラーは地元テレビ局「KSTP-TV」に対して今回の審問はプリンスの友人だったカーク・ジョンソンにとってつらいものになったと語っている。

「クライアントにとってトラウマになるような体験でした」と弁護士のF・クレイトン・タイラーは今回の審問について述べてる。「彼は親しい友人の喪失を心から悲しんでいます。一連の出来事を改めて振り返り、当時を思い出さなければいけないのはとてもつらいことでした」

一方で、プリンスを死に至らしめたと考えられているフェンタニルと混ぜられた偽装薬物の入手元については依然として不明なままだという。現時点までにプリンスの死に関与したとして立件された者はいない。

遺族は訴状の中で医師のマイケル・シューレンベルクを初めとした複数の被告に対してオピオイドの依存症によるプリンスの死は事前に防ぐことができたはずだと主張しているほか、彼らにはその義務があったと訴えている。プリンスは亡くなる1週間前、アトランタでの公演を終えて自宅に戻ろうとしていた際に飛行機の中でオーヴァードーズを起こし、一命は取り留めたもののイリノイ州の空港への緊急着陸を余儀なくされていた。

プリンスの遺族は訴状の中で、マイケル・シューレンベルクが勤務していたノース・メモリアル・ヘルス病院や、薬剤給付管理を行っている薬局のウォルグリーン、ユニティ・ポイント・ヘルスについてもプリンスの死に影響を与えることとなった過失を犯したとして名前を挙げている。

一方、プリンスは亡くなる直前まで取り組んでいた回想録『ザ・ビューティフル・ワンズ(原題)』がプリンスの遺産管理団体の協力のもとで10月29日に刊行されることが発表されている。

プリンスは亡くなるまでに50ページ程度を書き上げていたとされ、288ページに及ぶというこの回想録はプリンスが執筆した文章のほか、貴重な写真やオリジナルの手書きの歌詞シートが貼られたスクラップブック、『ニューヨーカー』誌の寄稿者であるダン・ピーペンブリングによる序文などが収録されるという。

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