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スティール・パルスのドラマーだったスティーヴ・グリズリー・ニスベットが亡くなった。享年69歳だった。

スティーヴ・グリズリー・ニスベットはレゲエ・バンド、スティール・パルスのドラマーを1977年から2001年まで務めていたが、健康状態の悪化のためバンドを脱退している。

スティール・パルスは1975年に結成され、現在もライヴ活動を続けている。イングランドのバーミンガム出身で、ノン・ジャマイカンのレゲエ・バンドとしては初のグラミー賞を獲得している。

スティーヴ・グリズリー・ニスベットはカリブ海のネイビス島に7人兄弟の長男として生まれ、1957年に9歳でカリブ海を去り、両親とイギリス、バーミンガムに移住している。10代のときにドラムとパーカッションへの情熱に火がつき、ペニー・ブラックやレベル、ロイ・ジー・アンド・ザ・スタックス・エクスプロージョンといった様々なソウル・バンドのメンバーとして活動している。

スティーヴ・グリズリー・ニスベットは、1977年にスティール・パルスに加入し、その後バンドはデビュー・アルバム『ハンズワース・レボリューション』をリリースしており、彼は1997年発表の『レイジ・アンド・フューリー』まで参加している。グループの年長メンバーの一人としてグループのメイン・ドラマーを務めたが、1998年にコナード・ケリーに役割を譲っている。その後はパーカッションで参加を続けていたが、2001年、健康面の不安から円満な形でバンドを脱退していた。

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