Jimmy King/Press

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デヴィッド・ボウイの長年のコラボレーターであるピアニストのマイク・ガーソンは、デヴィッド・ボウイの偉大さや残された未発表音源について語り、ロードやレディー・ガガの追悼パフォーマンスについても考えを明かしている。

マイク・ガーソンは現在、デヴィッド・ボウイのライヴ・バンドの元メンバーと共に「セレブレイティング・デヴィッド・ボウイ」と題されたツアーを行なっており、スペシャル・ゲストに様々なヴォーカリストを迎えて彼の代表曲を演奏している。マイク・ガーソンは、1973年のアルバム『アラジン・セイン』から最後のツアーとなった2004年の「リアリティ」ツアーに至るまで、デヴィッド・ボウイの数多くのアルバムとツアーに参加してきたが、彼をカヴァーするにはまさに特別なものを要すると語っている。

「デヴィッドの代わりになり得る存在は決していないんだよね」とマイク・ガーソンは『NME』に語っている。「一番近かったのは、去年スティングが“Lazarus”と“Blackstar”に参加してくれたときだね。素晴らしい仕事をしてくれたよ。僕はデヴィッドと仕事をしてきたすべての歳月で彼に感謝してきたけれど、今ほどじゃないね」

「デヴィッドと誰かを比較することなんてできないけど、でもできる限りのことをやるためには、とにかく優れたシンガーを見つけて持ち回りでやっていく必要があるんだ。時々、素晴らしいシンガーに出会えるよ。ブリット・アウォーズではロードに“Life On Mars”を歌ってもらったけど、彼女はいい仕事をしてくれたし、あれは大きかったよね。他にもペリー・ファレルやミスター・ハドソンに素晴らしいパフォーマンスをしてもらった。僕は先導役として、この手のやり方を学んでいるところなんだ」

マイク・ガーソンはロードについて、なぜデヴィッド・ボウイが彼女を「音楽の未来」と語ったのか、その考えを明かしている。「アーティストにはもっと精神年齢を高く感じている人がいるんだよ。ボウイはそれを分かっていたんだ。僕がトレント・レズナーとアルバム『ザ・フラジャイル』で共演したとき、ボウイはそれをトレント・レズナーの中に見出したんだ。デヴィッドは最高のキャスティング監督だったから、誰にマジックがあるのか分かっていたんだよ。僕は彼と13のバンドで演奏したけど、一度も駄目なミュージシャンとやったことはなかった。彼が選んだどのバンドも、彼が求めていた時代に合っていたんだよ」

彼は次のように続けている。「彼にはそういうのを見極める才能があったんだ。ロードにもそれを見出していたんだよ。彼女にはマジックとヴァイブがあった。セイント・ヴィンセントもそういうアーティストだよね。彼女にはヴァイブがあるよ。そういうアーティストはいるよね。リンダ・ペリーであったり、ジュリエット・ルイスであったりね。僕は自分の公演を継続的にデヴィッド・ボウイの音楽を祝福するものと考えているんだ。全部が素晴らしいものになるかって? おそらくそうではないだろうね。僕はデヴィッドを真似しようとしているわけじゃないんだ。でも、それぞれの人のバージョンを届けたいんだよ。ジョー・エリオットとサイモン・ル・ボンはその点で素晴らしかったね。僕が声をかけても断ってくる人はほとんどいないんだ。みんな、デヴィッドに影響を受けてるからね」

2016年のグラミー賞授賞式でのレディー・ガガによる追悼パフォーマンスは賛否が分かれるものとなり、息子のダンカン・ジョーンズとドラマーだったウッディー・ウッドマンジーの批判を受け取ることになったが、マイク・ガーソンもそれに同意している。「僕もあれはよくない方向性だったと思う。僕があそこに出てたら、“Lady Grinning Soul”をピアノの弾き語りでやることを提案していただろうね。彼女らしいことをやればいいんだよ」

「彼女は素晴らしい声を持っていて、素晴らしいエンタテイナーなのに、やりすぎてしまって、マジックを失ってしまったんだ。ボウイ・アルムナイ・バンドとロードはあれを選んで、ちゃんとできて良かったよ。アーティストだって間違えることもある。でも、それで彼女をアーティストとして却下することはフェアじゃないよね。だって、彼女は素晴らしいアーティストだからね。どこかで彼女にもライヴに加わってもらって、1~2曲歌ってもらえればと願ってるよ。ナイル・ロジャースもね」

「共演したいと思っている100人のアーティストがいてね。今後5年以上はそれに取り組んでいきたいと思ってるんだ」

デヴィッド・ボウイの死を受けて彼の遺作となった『★(ブラックスター)』を聴くことができなかったことをマイク・ガーソンは認めており、「心が張り裂けそうだった」としている。またデヴィッド・ボウイの最後の数ヶ月においてもう一度一緒にやろうと話していたという。

「2005年とか2006年とかにした会話で、彼は父親でありたいと言っていて、その後の10年間はレクシーのためにそうしていたんだよね」とマイク・ガーソンは明かしている。「それが実際の真相だよ。それで、彼が亡くなる数ヶ月前にブライアン・イーノと『アウトサイド』の3部作を僕らと一緒にやることについて話をしていたんだ。立ち返って、完成させるというね。僕らはCDを3枚作りたかったわけなんだけど、1枚しかできていなかったからね」

「当時を振り返るとさ、あるアシスタント・エンジニアがテープをテープを盗んでスイスのモントルーに返しちゃって、それでデヴィッドも興味を失ってしまったんだ。奇妙な20年間が過ぎ去って、そのことを考え直して、ブライアンと話し合っていたんだよ。彼が亡くなったからそういう運命には至らなかったわけだけど、(3部作が)実現していたかもしれないよね。僕らでツアーしていたかもしれないんだ。『ザ・ネクスト・デイ』や『★(ブラックスター)』の曲を披露することになったかは分からないけど、アルバムから1~2曲はやることになったんじゃないのかな」

残された音源については、大量の未発表曲があるはるはずだとマイク・ガーソンは語っている。

「『リアリティ』ツアーでは、アンコールで“Bring Me The Disco King”をやってたんだけどね」と彼は語っている。「みんなが知らないことがあって、実はその曲の完全な別ヴァージョンを『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』の時にレコーディングしていたんだよね。それは一度もリリースされていないし、それから『アースリング』の時も別ヴァージョンを作って、それでもまだ彼は満足しなかったから、もう一回『リアリティ』でやったんだよ。デヴィッドのヴィジョンに合わずじまいになったお宝が3つになるところだったわけでね。でも、信じてほしいんだけど、どれも素晴らしい出来だったんだ。いつか日の目をみれば良いよね」

彼は次のように続けている。「僕も参加したけど発表されていないものがたくさんあるんだよ。『ヤング・アメリカンズ』のセッションのときの『ザ・ガウスター』だってあったわけだからね。僕はそこで演奏していたことさえ覚えていなかった。40年以上聴いたことのなかった楽曲たちを聴くことになったんだ。他にもそこら中にもっとたくさん転がってるんじゃないのかな。僕たちがブライアン・イーノと『アウトサイド』のために取り組んだ音源がどうなったのかは神のみぞ知るといったところだけどね。再度形を改めることになるかもね。というのも、僕たちは何時間も何時間もジャムってたからさ」

デヴィッド・ボウイの命日を迎え、今週「セレブレイティング・デヴィッド・ボウイ」ツアーでは彼の偉大なキャリアにおいて共演してきたアーティストが勢ぞろいして彼の名曲の数々を披露する。このコンサート企画は昨年1月にロンドンで行われたブリクストン・アカデミー公演が最初となっている。

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