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スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンは、バンドメイトだったウォルター・ベッカーの死後初めてとなるインタヴューに答えている。

ウォルター・ベッカーは今年9月に67歳で亡くなっている。ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーは1970年代初頭にカリフォルニア州に移住した後、スティーリー・ダンを結成し、1972年にデビュー・アルバム『キャント・バイ・ア・スリル』をリリースしている。ドナルド・フェイゲンはウォルター・ベッカーの死後、声明の中で次のように追悼の意を表明している。「幸運にも彼は鞭のようにスマートな素晴らしいギタリストにして偉大なソングライターだった。彼は自分自身を含む人間の本質についてシニカルであり、とんでもなく面白い奴だった」

今回、ドナルド・フェイゲンは米『ローリング・ストーン』誌のインタヴューに応じて、今年8月にウォルター・ベッカーと最後の対面を果たしたことについて次のように語っている。

「彼が病床に伏していると聞いてね。ツアー中で、カンザス州のサライナだったと思うんだけど、飛行機で戻ったんだ。1日休みがあって、彼はニューヨークの自宅にいたからね。行って本当に嬉しかったよ。彼が本当に頑張ってるのを見ることができたんだ。ベッドの横の椅子に座ったら、彼が僕の手を握ってきてね。そんなことは初めてだった。素晴らしい話ができて、そう、彼はハード・バップを聴いてたな。奥さんがデクスター・ゴードンのレコードをかけててね。彼はとても弱っていたけれど、すごく愉快でもあった。ああした時間を持てて、嬉しかったよ」

ウォルター・ベッカーがツアーに参加しなくなった後もスティーリー・ダンの名義を使っていることについては「本当はドナルド・フェイゲンとか、スティーリー・ダン・バンドとかのほうが僕はいいんだけどね」と語り、プロモーターがスティーリー・ダン名義でツアーをやることを望んでいるとしている。「議論の最中なんだ。僕としてはスティーリー・ダンとは僕とウォルターのことであって、僕らが一緒に掲げていたコンセプトみたいなものだと思うんだけどね」

2003年発表の『エヴリシング・マスト・ゴー』以来となるアルバムの制作については、ドナルド・フェイゲンは積極的であったものの、ウォルター・ベッカーは消極的だったという。「ウォルターは健康上の問題を抱えていたからね。特に2011年〜2011年の後は病気が長引いていたんだと思う。性格も少し変わって、より人と交わらないようになって、スティーリー・ダンのアルバムに取り組むことにもう興味がない感じだったんだよね。これまでやってきたのと同じ基準でアルバムを作らなければならないという不安があったのかもしれない。多分、それを恐れたのか、エネルギーがなかったんじゃないかな。時折、彼がやりたいかどうか訊くと、いつも『是非』って言ってたんだけどね。でも、電話がくることもなくてね。明らかに熱意を失っていたよね」

先日、ドナルド・フェイゲンがウォルター・ベッカーの遺産管理団体に訴訟を起こしたことについては次のように語っている。「何十年も前だけど、バンドを始めた時に僕らは契約を結んだんだ。それは本当にシンプルで、多くのバンドが結んでるものだけどさ。誰かが脱退したり、解雇されたり、亡くなった時は、自分の持ち分を会社に売るというものだったんだ。それで、僕らは契約を結んで、最終的に僕とウォルターが残ったパートナーになった。50/50のパートナーで、これは誰かが亡くなった時に残りの人間が必ずバンドを運営していって、コントロールするというものなんだ。だから、僕らはこの契約を守っていこうとしているんだ」

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