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元フェイス・ノー・モアのフロントマンであるチャック・モズレーが亡くなった。享年57歳だった。

彼の広報担当を通して遺族から発表された声明によれば、チャック・モズレーは「長年の節制を経て」中毒関連の理由で亡くなったという。

声明の全文訳は以下の通り。

「長年の節制を経て、チャールズ・ヘンリー・モズレーIII世は2017年11月9日に中毒の病気のために亡くなりました。彼の死因を公開するのは、中毒と闘っている人への警告や警鐘、導きとなるかもしれないと思ったからです。彼は長年のパートナーであるピップ・ローガン、2人の娘のエリカとソフィー、孫のウルフガング・ローガン・モズレーを遺しました。遺族は葬儀費用のための寄付を受け付ける予定です。詳細は追って発表します」

チャック・モズレーは1984年から1988年の期間、フェイス・ノー・モアのリード・シンガーを務め、フェイス・ノー・モアの最初の2作、1985年発表の『ウィ・ケア・ア・ロット』と1987年発表の『イントロデュース・ユアセルフ』に参加している。1988年に常軌を逸した行動が増えたためにバンドを解雇されており、代わりにフェイス・ノー・モアのフロントマンとして最もよく知られているマイク・パットンが加入している。

フェイス・ノー・モア脱退後はバッド・ブレインズに1990年から1992年まで在籍し、その後はファンク・メタル・バンドのセメントのフロントマンを務めている。2009年にリリースされたソロ・アルバム『ウィル・ラップ・オーヴァー・ハード・ロック・フォー・フード』にはコーンのジョナサン・デイヴィスが参加している。

最近ではスキニー・パピーやザ・メルヴィンズのメンバーによるスーパーグループ、プリミティヴ・レースに参加し、今年「リイントロデュース・ユアセルフ」ツアーを行っていた。

彼はフェイス・ノー・モアといくつもの訴訟を行ってきたが、長年の中で何度かフェイス・ノー・モアと共演しており、最も最近のものは2016年8月となっている。

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