Bob Dylan - Highway 61 Revisited

60年代〜70年代に多くの独創性に富んだレコードを手掛けたプロデューサー、ボブ・ジョンストンが83歳でテネシー州にて亡くなった。

ボブ・ジョンストンは独立する前は、コロンビア・レコーズのスタッフ・プロデューサーで、ボブ・ディランやサイモン&ガーファンクル、レナード・コーエン、ジョニー・キャッシュらの著名な作品を手掛けてきた。なかでもボブ・ディランとの仕事で名高い人物だった。

ボブ・ジョンストンは、フォーク界のスターだったボブ・ディランが1965年にエレクトリックに転向したことにも関わっており、最も評価の高い時期の一つである60年代中期から70年代初頭の6枚のアルバムでボブ・ディランと仕事をしてきた

プロデューサーとして彼は『追憶のハイウェイ61』、『ブロンド・オン・ブロンド』、『ジョン・ウェズリー・ハーディング』、『セルフ・ポートレイト』といった作品にクレジットされており、『ナッシュヴィル・スカイライン』収録の“To Be Alone With You”において、「Is it rolling, Bob?(行けるかい、ボブ?)」と尋ねている人物としてもよく知られている。

テキサス出身のボブ・ジョンストンは、レナード・コーエンについても1971年作品『愛と憎しみの歌』を含む著名な作品を手掛けている。またサイモン&ガーファンクルについては初期の2作品『サウンド・オブ・サイレンス』、『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム』に参加しており、ジョニー・キャッシュは『アット・フォルサム・プリズン』、『アット・サン・クエンティン』、『アイ・ウォーク・ザ・ライン』を含む6作品を手掛けている。

『ザ・オーティン・クロニクル』は、ボブ・ジョンストンはホスピスや認知症施設で過ごした後、8月14日に亡くなったという。音楽業界での彼のキャリアは50年以上に及び、テキサスで生まれ育ったボブ・ジョンストンだが、キャリアの多くをニューヨークやナッシュヴィルで過ごしてきた。彼のプロデューサーはその臨機応変さで知られ、素描の楽曲に複雑なアレンジメントを加えるスタイルのものだった。

ボブ・ジョンストンは『ボブ・ディラン自伝』で「ジョンストンの眼には炎がある。彼には人が『勢い』と呼ぶようなものがあった。彼の顔を見ればそれを感じ、その炎を、その気迫を分けてくれた。フォークとカントリーの分野ではきってのプロデューサーである彼は、百年前に生まれているべきだった。幅広の肩マントと羽根飾りがついた帽子を被り、剣を高く掲げて馬に乗っているべきだったのだ」と記載されている。

レナード・コーエンはボブ・ジョンストンについてドキュメンタリー『ザ・ストレンジャー・ミュージック・オブ・レナード・コーエン』で次のように語っている「自分のベストを尽くせるように、リラックスして、録り直しもさせてくれるような雰囲気をスタジオで作ってくれる人だった。判断や批評といったものとは無縁で、歓迎と承認に溢れているんだよ。歌っている間に彼が動いたと思ったら、彼が踊っているんだ。放任主義とは違うんだ。技巧とは技巧を隠すことであるのと同様に、放任主義とは彼がスタジオで後押ししてくれる途轍もないほのど寛容さを隠してしまうことになるんだよ」

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