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ブライアン・メイが、クイーンのフロントマンであるフレディ・マーキュリーの母親のジャー・バルサラが先週他界したのを受けて、追悼の意を表明している。

フェイスブックによると、クイーンのギタリストのブライアン・メイは、ジャー・バルサラが11月13日、眠ったまま穏やかに亡くなったことを明かしている。享年94歳だった。さらにブライアン・メイは彼女を「フレディに対してあたたかく献身的な母親」だったと称えている。

フレディ・マーキュリーがエイズに伴う合併症によって45歳の若さで早すぎる死を遂げるまで、ジャー・バルサラとフレディ・マーキュリーは親しい間柄であった。彼女と「親愛なる息子」との関係について、彼女はかつて『ザ・テレグラフ』紙に対して次のように語っている。「私は息子に、あなたの衣装やドレスが好きじゃないわってよく言っていたものです。それに髪を切ってもらおうともしました。だけど、彼は、ポップの世界にいる限りやらなければいけないことなんだって説得しようとしていました。それで徐々に私も受け入れるようになったんです」

「息子が何をして何を着ようと、私が知っているのと同じ子供を彼の中にいつも見ていました。彼はジョークをたくさん言おうとしていたし、私はいつだって彼とつながることができたんです」

ブライアン・メイによる追悼文の全文訳は以下の通り。

「そうだな、短い言葉で伝えるべきだと思ったんだけど、ニュースを一つ伝えたいんだ。フレディの母親のジャー・バルサラが数日前(2016年11月13日)に、眠ったまま、とても静かで穏やかに亡くなったんだ。享年94歳だった。葬儀やその後の手続きは内密で行うというのが遺族の希望なんだ。

ジャーは、フレディに対してあたたかく献身的な母親だった。そして、フレディのように常に瞳は強い輝きを放っていた。彼女は夫のボミにも献身的で、敬虔なパールシーとしてゾロアスター教を信仰して生きてきたにもかかわらず、彼女は自立した精神とすごいユーモアのセンスを持っていた。もちろん、僕は彼女とは50年以上の知り合いだ。フェルサムにあるフレディの両親の家に初めて行こうとした時、そこは僕が住んでいた場所からほんの数ヤードしか離れてなくて僕たちは学生だったんだけど、ジャーは多忙な母親で、活力と楽観主義に満ち溢れていたんだ。その頃でさえ、自分の子供たちであるフレディやカシミラのことを猛烈なほど誇りに思っていた。多分、パールシーとしての信仰を強く持っていたフレディの父親にとっては、ロック・ミュージシャンとして、そしてかなり不遜な存在として当時フレディが行ってきた選択を理解するのは容易ではなかったはずだ。それにもかかわらず、いつもサポートしてくれていた。しかも、ジャーはバンドとしての僕たちの成長を熱心に見守ってくれた人で、僕たちが近くで公演をするときはいつも観に来てくれて、いつだって大変情熱的だった。フレディは母親とはとても親しかったんだ。そして思うに、いたずらっぽく面白がって、母親を驚かせようとしていたんだよ。

ロジャーと僕は、ロンドン(ウェンブリー・アリーナだったと思う)で行ったショーの前に、フレディがこう宣言した夜を覚えているよ。『今夜はオーディエンスの中に母親がいるんだ。ちょっと続けて、ファックって言ってみようか』ってね。彼女が衝撃を受けた様子はまったくなかったけどね。フレディが亡くなった後も、ジャーは僕たちのそばにいてくれた。ロジャー、ジム、そして僕のね。フレディを失った後も僕たちは継続して活動するにあたって、いつも彼女と相談していたんだ。ウェンブリー・スタジアムでのトリビュート・コンサートを行った時も、アルバム『メイド・イン・ヘヴン』制作の時もね。このアルバムはフレディの歌声による最後のギフトの数々をまとめたもので、僕たちが2年間愛情を込めて制作したものなんだ。シングル曲”No-One But You”は僕たちからフレディへのトリビュートで、モントルーにあるフレディ像の完工式で僕が書いた曲なんだけど、僕たちはその時もジャーと一緒にいた。楽曲をリマスタリングすることについても彼女と話したよ。エルトン・ジョンをヴォーカルに迎えてベジャール・バレエ団のイベントに出演することについても話した。これはジョン・ディーコンにとっても最後のライヴだった。そのあとはポール・ロジャースとツアーをやって、最近はアダム・ランバートともやったけど、その際にも彼女と話をしている。最後まで彼女は僕たちと一緒だったんだ。僕たちがやってきたことの中で、フレディの魂がとても力強く生き続けているということ、そしてライヴでは、いつでも物理的にフレディの一部が存在していることを喜んでたんだよ。

スポットライトがあたるところから離れた場所で、彼女は僕たちとはプライベートな時間を過ごしてきた。ここ数年は僕たちが訪ねると、ジャーはいつも紅茶を一杯用意してくれていた。僕たちはいつだって、『自分にとってのフレディ』について恥ずかしがらずに話すことができたし、彼は遠くに行ってないって感じることができたんだ。

もちろんこれは、(フレディの妹の)カシミラにとってもかなり辛い出来事だよ。僕たちみんな、彼女が静かに前進して、彼女なりの平穏を見つけ出すことができるのを祈っているよ。

溢れんばかりの愛情と敬意を。

安らかに、ジャー。

ブライアン XXX」

フェイスブックの投稿はこちらから。

https://www.facebook.com/Queen/posts/10154128020457362:0

先日、フレディ・マーキュリーの70回目の誕生日を記念して、イギリスの国際天文学連合小惑星センターではフレディ・マーキュリーが亡くなった1991年に発見された17473番目の小惑星をフレディ・マーキュリーの功績を称えて「Freddiemercury」とすることが発表されている。

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