
Photo: Danny Clinch
パール・ジャムのベーシストであるジェフ・アメンはマット・キャメロンの後任となるドラマーについて今も探している段階だと語っている。
ジェフ・アメンはバンド初期の写真を250枚以上収録した写真集『シンス・フォーエヴァー』を刊行している。兄弟で、デザイナーのバリー・アメンが手掛けた写真集はミュージシャンとしてのジェフ・アメン自身の個人的な回想や考察も綴られている。掲載される写真の多くは1990年から1998年の間に撮影されたもので、そのうちの9割はこれまで未公開だったという。
写真集の刊行を受けて、『アンダー・ザ・レーダー』のインタヴューを受けたジェフ・アメンは今年のオハマ・フェスティバルで共演したポール・マッカートニーのドラマーであるエイブ・ラボリエルについて「本当に素晴らしいドラマー」と評しつつ、ドラマーを巡る状況について次のように語っている。
「すごく急いで探しているというわけじゃないんだけど、来年もいくつかライヴをやりたいと思っているんだ。自分は63歳だけど、体調はかなりいい。あと数年はステージ上で若くて無鉄砲な奴のように振る舞えると思うけれど、肉体的にまだ若いうちにライヴをやっておきたいという、少し切迫した気持ちもあるんだよ」
ジェフ・アメンはマット・キャメロンの脱退についても触れている。「クリス・コーネルが亡くなったことは自分たち全員にとって大きな衝撃だったんだけど、マット・キャメロンにとっては特に大きかった。彼がもう演奏を続けたいのかどうか迷っていた時期もあったし、それ以来ずっと、マット・キャメロンは活動のペースを落として、他のことをやってみたいと話していたんだよね」
ジェフ・アメンは次のように続けている。「彼にはやりたいことがあるんだろうけど、すごく悲しい瞬間ではあったよ。何年もの間、世界中を旅して一緒に音楽を作ってきた仲だからね。でも、彼の新しい挑戦については応援しているよ」
ジェフ・アメンは写真集『シンス・フォーエヴァー』の刊行発表時に写真集を出す理由について次のように語っている。「もし目標があったとすれば、それは主に劣化しつつあった30年前のネガを救い出すことでした。本にしようというのはバリーのアイデアでした」
「うちの家族は昔から何かプロジェクトや仕事を立ち上げることで集まることがよくありました。ある意味で、この本をまとめる作業はバリーと自分にとっての仕事でありつつ、一緒に過ごすための口実でもあったんです」
ジェフ・アメンはパール・ジャムを結成する前からグリーン・リヴァーやマザー・ラヴ・ボーンといったバンドでギタリストのストーン・ゴッサードと共に活動しており、シアトルのオルタナティヴ・ミュージック・シーンにおいて重要な役割を果たしてきた。
1990年にマザー・ラヴ・ボーンのフロントマンであるアンドリュー・ウッドが急逝した後、ジェフ・アメンとストーン・ゴッサードはマイク・マクレディと活動を共にして、さらにエディ・ヴェダーを迎え入れて、後にパール・ジャムとなるバンドを結成している。
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