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スライ&ロビーのスライ・ダンバーが亡くなった。享年73歳だった。

訃報は妻のテルマによって発表されており、ジャマイカの『グリーナー』紙に次のように語っている。「今朝の7時頃、起こしに行ったんですが、返事がありませんでした。医師に電話をしましたが、それが知らせだったのです」

死因については明らかにされていないが、スライ・ダンバーはしばらく前から病気を抱えていたという。

スライ・ダンバーは伝統的なジャマイカのリズムに加え、ロック、ファンク、ソウルを取り入れた独特のドラムスタイルを確立して、レゲエの一時代を決定づける存在となった。

スライ・ダンバーとロビー・シェイクスピアは1972年に共に活動するようになり、二人のリズムセクションは推定20万曲以上のレコーディングに参加したとされている。ピーター・トッシュ、ジミー・クリフ、ブラック・ユフルといった同世代のミュージシャンに起用された彼らは、その成功によってザ・ローリング・ストーンズ、ボブ・ディラン、グレイス・ジョーンズらとも仕事をすることとなっている。

ローウェル・フィルモア・“スライ”・ダンバーは1952年5月10日にキングストンで生まれており、15歳の時に音楽を始めている。初期のレコーディングの一つがデイヴ・アンド・アンセル・コリンズによる“Double Barrel”で、全英シングル・チャートで1位を獲得している。

スライ・ダンバーとロビー・シェイクスピアはモータウン、フィリー・ソウル、スタックス・レコード、ジャマイカのスタジオ・ワン、トレジャー・アイルといったサウンドの好みで繋がることとなり、ピーター・トッシュのハウス・バンドとして5枚のアルバムに参加して、多くの評価を集めることとなっている。

スライ&ロビーは80年代前半に「ラバダブ(Rub a Dub)」スタイルで知られるようになり、コンピューターによるプロダクションも取り入れ、アイランド・レコードのクリス・ブラックウェルはコンパス・ポイント・オールスターズの中核メンバーに彼らを据えている。コンパス・ポイント・オールスターズはグレイス・ジョーンズやグウェン・ガスリー、ジョー・コッカーの名作に参加している。

スライ&ロビーはボブ・ディランが1983年に発表した『インフィデル』にもリズムセクションとして参加しており、ザ・ローリング・ストーンズが1986年に発表したアルバム『ダーティ・ワーク』にも参加している。他にもブーツィー・コリンズ、ジャクソン・ブラウン、ジョーン・アーマトレイディング、デニス・ブラウン、ゲイリー・バーロウ、イアン・デューリー、オノ・ヨーコ、シネイド・オコナー、シンプリー・レッドらとコラボレーションしている。

二人はスライ&ロビー名義で自身のアルバムを制作するようになり、エレクトロニック・サウンドによる実験を続け、1987年発表の“Boops (Here To Go)”はヒットとなっている。時とともに、ラテンやダンスホールなど、世界各国のポップ・スタイルも作品には取り入れられている。

スライ・ダンバーはキャリアを通して13のグラミー賞にノミネートされており、ブラック・ユフルが1985年に発表したアルバム『アンセム』、スライ&ロビーで1999年に発表したアルバム『フレンズ』でグラミー賞を受賞している。

ロビー・シェイクスピアは2021年に腎臓手術を受けて亡くなっている。享年68歳だった。

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