
Photo: GETTY
ザ・フレーミング・リップスのウェイン・コインはロラパルーザのツアーで一緒になったスマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンについて「怒りっぽい嫌な奴」と評している。
この逸話は先日刊行された『ロラパルーザ:ザ・アンセンサード・ストーリー・オブ・オルタナティヴ・ロックズ・ワイルデスト・フェスティバル(原題)』で明らかにされているもので、本書はペリー・ファレルがジェーンズ・アディクションのフェアウェル・ツアーとして企画したロラパルーザについて掘り下げたものとなっている。
ビリー・コーガンは1994年のロラパルーザについて次のように振り返っている。「ロラパルーザにはニルヴァーナとスマッシング・パンプキンズ、ビースティ・ボーイズが出演する予定だった。そうしたらニルヴァーナが出られなくなって、自分たちがヘッドライナーになった。毎晩ステージで圧倒するという試練を楽しんでいたよ。カート・コバーンも毎晩ステージで僕を圧倒しようとしていたんじゃないかな」
ビリー・コーガンはヘッドライナーを引き受けるのは大変なことだったと続けている。「1994年、MTV全盛の時代にアメリカの中部に行くわけだからね。私は26歳、27歳だった。まったく準備ができていなかったんだ」
ビリー・コーガンは観客との間に敵対関係があったことを認めている。「歴史的にも最大となったロラパルーザのヘッドライナーを務めたんだからね。そういう連中が来ていたんだよ。学校の廊下で僕のことをいじめていたようなアメフト選手みたいな奴らがさ。それを見て『お前らは敵だ。お前らとやり合うためにここにいるんだ』と思ったね」
ビリー・コーガンはいまだに見知らぬ人からロラパルーザのライヴを観て、バンドを一切聴かなくなったと言われることがあると説明している。
そうした感情は周りの出演バンドやクルーにも広がっていたとのことで、1994年のロラパルーザで調整係を務め、後にワープト・ツアーを立ち上げることになるケヴィン・ライマンはビリー・コーガンがア・パーフェクト・サークルに参加することになるギター・テックのビリー・ハワーデルをいじめていたと振り返っている。
「ビリー・コーガンはビリー・ハワーデルをゴミみたいに扱っていた。ギターを彼に向かって投げていたんだ。とにかくひどかった」
ビリー・ハワーデルも次のように語っている。「ビリー・コーガンとダーシーのために働いていたんだけど、クビにされたよ。クビにされたのはあの時だけだった。ギターを投げつけられたのは覚えてないけど、健全とは言えないことがいろいろあって、間違いなく関わり合いたくなかったね」
ザ・フレーミング・リップスのウェイン・コインはビリー・コーガンの振る舞いについて次のように語っている。「ビリー・コーガンは怒りっぽい嫌な奴だった。特に当時はね。一緒にいて、見ていたくなかったよ」
ウェイン・コインは次のように続けている。「何曲か好きな曲もあるけど、そのうち軽蔑するようになった。だから、ビースティ・ボーイズが終わったら、渋滞を避けるためにもすぐに会場を出るようになった。観客も帰り始めていたんだよ」
ウェイン・コインはいまだにビリー・コーガンとは友好的な関係ではないと語っている。「今も彼のことは避けているんだ。数年前も彼も出ているところでライヴをやったことがあるけど、楽屋に来たいと言われたから『僕らはいないと言ってくれ』と言ったんだ」
『ロラパルーザ:ザ・アンセンサード・ストーリー・オブ・オルタナティヴ・ロックズ・ワイルデスト・フェスティバル』はリチャード・ビーンストックとトム・ボジュールが執筆と編纂を手掛けている。
グリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングは同書でペリー・ファレルに「ボーイ・バンド」と言われ、1994年のロラパルーザに出てほしくないと言われた時のことを振り返っている。
広告 ザ・ビートルズのドキュメンタリー『ビートルズ ’64』がディズニープラスで独占配信!
Copyright © 2025 NME Networks Media Limited. NME is a registered trademark of NME Networks Media Limited being used under licence.