ボブ・ディランと1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで共演したことで知られるキーボーディストのバリー・ゴールドバーグが亡くなった。享年83歳だった。
訃報は代理人のボブ・マーリスによって発表されており、バリー・ゴールドバーグはホスピスで亡くなっている。バリー・ゴールドバーグは10年間にわたって非ホジキンリンパ腫を抱えており、亡くなった時は53歳の妻であるゲイルと息子のアラムが寄り添っていたという。
1942年にシカゴで生まれたバリー・ゴールドバーグは10代の時に音楽界でのキャリアを歩み始め、ハウリン・ウルフやマディ・ウォーターズといった当時の偉大なブルース/ロックンロールの先駆者たちと共演している。
1965年にポール・バターフィールド・ブルース・バンドの一員としてニューポート・フォーク・フェスティバルのステージに立ったバリー・ゴールドバーグはボブ・ディランの有名なステージでも共演を果たすこととなっている。
この日のステージでボブ・ディランは初めてライヴ・バンドと共にエレクトリック・ギターを演奏したことで、大きな反発を招いたことで知られている。当時は物議を醸すことになったが、この日のステージはボブ・ディランのキャリアにおいても最も語り継がれる瞬間の一つとなっている。
2022年にバリー・ゴールドバーグはあの日のステージを振り返って、次のように語っている。「あの晩はヒーローのような気分でステージを降りたんだ。どんなものにもその呪文を解いてほしくはなかった」
それ以外にはスティーヴ・ミラーと結成したゴールドバーグ/ミラー・ブルース・バンドやマイク・ブルームフィールドとのエレクトリック・フラッグ、ザ・バリー・ゴールドバーグ・リユニオンといったバンドで活動を行っている。
ボブ・ディランとの関係は1965年のニューポート・フォーク・フェスティバル以降も続き、1974年発表のセルフタイトル作『バリー・ゴールドバーグ』はボブ・ディランがプロデュースしている。これはボブ・ディランが他のアーティストのアルバムをプロデュースした唯一の機会となっている。
10年以上後にバリー・ゴールドバーグはこの時の恩を返しており、ボブ・ディランによる“People Get Ready”のレコーディングでプロデューサーを務めており、この音源は1990年公開の映画『フラッシュバック』のサウンドトラックに収録されている。
バリー・ゴールドバーグの楽曲はジョー・コッカー、グラディス・ナイト、ロッド・スチュワート、スティーヴ・ミラーといったミュージシャンもレコーディングしており、90年代にはパーシー・スレッジのアルバム『ブルー・ナイト』でプロデューサーにクレジットされている。ソウル・デイヴィスと共にプロデュースしたこのアルバムには、ボビー・ウーマックなどの伝説的なミュージシャンが参加し、ビージーズ、ファッツ・ドミノ、オーティス・レディングなどが書いた曲も収録されている。
21世紀に入っても音楽活動は続き、2012年にはザ・ライズの一員としてケニー・ウェイン・シェパードやクリス・レイトンと共演している。このバンドはスティーヴン・スティルスが結成したバンドとなっている。
ザ・ライズのデビュー・アルバムは4曲がバリー・ゴールドバーグの共作となっており、セカンド・アルバム『ピアスド・アロー』は2016年にリリースされている。
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