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レディー・ガガはグラミー賞授賞式でのデヴィッド・ボウイ追悼パフォーマンスを受けて、彼女がデヴィッド・ボウイから受けたインスピレーションについて詳細に語っている。

レディー・ガガは、2月15日の夜、ロサンゼルスで行われた授賞式で、デヴィッド・ボウイのヒットを含むメドレーを披露した。ナイル・ロジャースが監督を務め、“Space Oddity”、“Changes”、“Ziggy Stardust”、“Suffragette City”、“Rebel Rebel”、“Fashion’”、“Fame”、“Under Pressure”、“Let’s Dance”、“Heroes”の計10曲を披露している。

今回、「NPR」に対してレディー・ガガは「終わってどんな気分かって? そうね、わたしの全キャリアはデヴィッド・ボウイに捧げられたものだと感じてるの」と語っている。

更にこう続けている。「それは今もなの。1日中、彼のビデオを観てるわ。そして、最後のアルバムとなった『★(ブラックスター)』を聴いてる。あのアルバムは本当に途轍もない音楽でできてるの。世のアーティストがこれまでにやってきたことの中でも、唯一な偉大な功績の一つだわ。自身への追悼として傑作のアルバムを作ったのよ。想像できる? 毎日スタジオに通って、自身の人生に別れを告げるものに心血を注ぐのよ? きっと彼のアートが彼を強くしたのよ」

「初めて『アラジン・セイン』のレコード・ジャケットを見たのは19歳の時だった。そして、それは、永遠にわたってわたしの視座を変えることになったの。それは人生を変えたヴィジュアルだったの。ケースからレコードを取り出して、レコード・プレイヤーに乗せた時のことを覚えているわ。キッチンの電子レンジの上だったんだけど、当時はすごく狭いアパートに住んでいたから、レコード・プレイヤーが電子レンジの上にあったの。“Watch That Man”が流れてきて、それはわたしにとってアーティスティックな意味での誕生の最初だったの。より表現するような服を着るようになって、図書館に通って多くのアート・ブックに目を通すようになり、わたしは歴史の授業をとった。バンドでも演奏し始めたのよ」

「わたしの言おうとしているのは、友達とわたしがニューヨークにいて、音楽やファッションやアートやテクノロジーに子供の頃から埋もれるようなライフスタイルを送ってきたということなの。そして、それは彼のおかげだったのよ。強烈にわたしを感動させてくれて、尊敬できるような人がいなかったら、わたしはここにいなかったでしょうし、今持っているような哲学も持っていなかった。ナイル・ロジャースとジョン・コルトレーンについて話したんだけど、彼はコルトレーンのおかげでジャズのことを考えるようになったっていうのね。それがわたしにとってはデヴィッド・ボウイだったの。別の惑星や、別の時代のような音楽をやっているミュージシャンに出会って、それが永遠にあなた自身を変えることになる。わたしはみんなそうしたことがあると信じてるんだけど、どうかしら? 子供の頃に出会ったとあるものが『おぉ、OK、今、わたしが何者であるか分かった』って思いにさせてくれるの」

レディー・ガガによるデヴィッド・ボウイの追悼パフォーマンスは一部から批判もされており、デヴィッド・ボウイの息子であるダンカン・ジョーンズは感心しなかった一人と見られている。

一方、パフォーマンスをプロデュースに参加したナイル・ロジャースはレディー・ガガを擁護し、「僕らは思った通りのことをやったし、あの短時間では正解だったと思ってる」と語っている。

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