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ソニック・ユースのサーストン・ムーアはニルヴァーナのフロントマンであるカート・コバーンが自殺したことを知った時のことについて振り返っている。

10月24日に刊行されるサーストン・ムーアの自伝『ソニック・ライフ』からの抜粋が『ガーディアン』紙に掲載されており、サーストン・ムーアは1994年4月8日にソニック・ユースのブッキング・エージェントだったボブ・ロートンから電話をもらって訃報を伝えられたと振り返っている。

「その前の数ヶ月から事態は思わしくなかった。ローマでのオーヴァードーズ、シアトル周辺でのカートが行方不明になったという報告、友人や家族の介入などがあった」とサーストン・ムーアは述べている。「カートが3日前に自らの命を断って、ワシントン湖畔の自宅に防犯灯を設置していた作業員に発見されたと報じていた」

「キム・ゴードンは友人のデイジー・フォン・ファースと共同で設立したX-girlのアパレル・ラインの撮影をデイジー・フォン・ファースのアパートで行っていた」とサーストン・ムーアは続けている。「彼女は妊娠7ヶ月近くで幸せだった。そうするのはつらかったけど、デイジーのアパートに電話をかけて、彼女にニュースを伝えた。彼女は黙っていた」

「彼女は喋れなかった。沈黙の中で、彼女が泣いているのが分かった。僕らみんなと同じように、彼女もあの少年のことが大好きだった」

サーストン・ムーアは1993年11月にマイアミのベイフロント・パーク・アンフィシアターの楽屋でカート・コバーンとコートニー・ラヴと過ごした時の思い出も振り返っている。

「フランシス・ビーン・コバーンはちょうど1歳を超えたところだった」とサーストン・ムーアは述べている。「彼女はベビーシッターと一緒で、走り回り、デリ・トレイから何でも掴み、美しく、光に満ちていて、彼女の表情豊かな顔にはコートニーとカート両方の面影があった。僕の母親はコートニーがフランシスに落ち着くように言い、ジュースのボトルを開けて、膝の上で跳ねさせる様子を座って見ていた」

「『あなたはいいお母さんね』と僕の母親が言ったら、コートニーは目を見開いて母を見ていた。それはコートニーやカートが報道で受けている非難からは考えられない光景だった。彼らはドラッグ中毒のモンスターのように描かれていた。コートニーは深く息をついて、『ありがとう』と言っていた」

サーストン・ムーアは自伝を携えてアメリカでブック・ツアーを行う予定だったが、「衰弱した」健康状態のために中止している。「英国にいる私の医療チームから今度のアメリカでのブック・ツアーを中止するよう提言されたというニュースをお伝えするのは本当に残念です。長年にわたって健康の問題を抱えてきましたが、ツアーやレコーディングを止めることはこれまでありませんでした」

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