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ビョークはアメリカで20年近く暮らしたことについて振り返り、「アメリカとは本当に複雑な関係だった」と語っている。

『NME』のロング・インタヴューでビョークは新型コロナウイルスのパンデミック期間に母国のアイスランドで過ごしたことについて語り、何十年も経験していなかった日常の感覚を得ることができたと述べている。

「この2年は素晴らしい期間だった。空港に行く必要がなくて、16歳以降でアイスランドにいた最長の期間になった」と彼女は述べている。

「本当に最高だった。身体的にもいい感じで、足から根を下ろして、地に足がついている感覚があった」

彼女は次のように続けている。「旅行ができなくなると、自立するようになる。基本的な欲求については親友や家族が満たしてくれるしね。美しいことよね。こうしたことに目を向けず、遠くばかりを見てしまうことがあるから」

ビョークは2002年からパンデミックが始まるまで暮らしていたアメリカでの生活を引き合いに出して語っている。

「アメリカにいた時、アメリカとは本当に複雑な関係だった」とビョークは語り、「大量殺人、人種的暴力、ドナルド・トランプ」にも言及している。

「私は都会人ではない。都市を訪れて、クラブに行ったり、ギャラリーやコンサートを観に行ったりするのは大好きだけど、母国に帰りたくなってしまう。元々、田舎の人間だから、ここにいられるのはまったくもって有り難いことよね」

ビョークは先日『ピッチフォーク』に対してアメリカを離れる理由として「理解し難いスケールの」暴行事件を挙げており、2012年に26人が亡くなった銃乱射事件のあったサンディフック小学校から娘の学校まではわずか40分しか離れていないことにも触れている。

『NME』のインタヴューでビョークは新作『フォソーラ』に収録されている、2018年に亡くなった母親のヒルダー・ルナ・ハウクスドッティルに捧げられた2曲についても語っている。

「誰しもにとって親を亡くして、それに対処することは人生の節目になる」とビョークは“Sorrowful Soil”と“Ancestress”の2曲について語っている。

「歌詞に真実を込めようとしたの。アルバムには14曲が収録され、そのうちの2曲が母親についての曲だけど、7分の1というのが、ここ4年間の私の生活におけるバランスであり、どれだけ大事だったかを示していると思う」

ビョークはインタヴューで自身やケイト・ブッシュに向けられた女性差別についても触れており、ケイト・ブッシュの“Running Up That Hill”が成功したのは変化をはっきりと示していると語っている。

「ケイト・ブッシュが正気でないとか、クレイジーな魔女だとか書かれているのが本当に嫌だった。私についてもクレイジーな妖精みたいに書かれたりした」

「私たちはプロデューサーなの。20年間、自分でスコアを書いてきた。自慢しているわけじゃなく、いまだに私がナイーヴな妖精であることを望む人がいるから言っている。男性だったら、もっと真剣に受け止めてもらえるのにね」

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