ザ・シーカーズの女性シンガーであるジュディス・ダーラムが亡くなった。享年79歳だった。
訃報はザ・シーカーズによって発表されており、ジュディス・ダーラムは彼女の地元であるエッセンドンにほど近いヴィクトリア州メルボルンのアルフレッド病院で短い入院の末に亡くなったという。ジュディス・ダーラムは緩和ケアを受けており、慢性肺疾患の長い闘病の末に合併症で亡くなっている。
バンドを代表してメンバーのアソル・ガイは次のように述べている。「大切な生涯の友にして輝くスターを失ったことで、私たちの人生は永遠に変わってしまいました。彼女の闘いは激しく勇ましいもので、自分の運命に不満を漏らすことはなく、その結末を完全に受け入れていました。彼女の素晴らしい音楽的遺産をキース・ポトガー、ブルース・ウッドリーと共に共有できて幸せです」
ジュディス・ダーラムの姉妹であるビヴァリー・シーハンは次のように続けている。「ジュディスの生きる喜び、常々の楽観主義、創造性、寛大な精神は常に私にとってインスピレーションでした」
亡くなったことを受けてジュディス・ダーラムの遺族はプライバシーへの配慮を求めている。訃報を受けて週末にヴィクトリア州首相のダニエル・アンドリューはジュディス・ダーラムの州葬を行うことを発表している。ダニエル・アンドリューはジュディス・ダーラムについて「オーストラリアの音楽における真のアイコン」であり、「数々のヒット曲の中だけでなく、数世代に及ぶヴィクトリア州やオーストラリアの人々の気持ちにおいて彼女の思い出は生き続けるでしょう」と述べている。
1943年に生まれたジュディス・ダーラムは1962年にアソル・ガイ、キース・ポトガー、ブルース・ウッドリーと共にザ・シーカーズを結成している。翌年、ファースト・アルバム『イントロデューシング・ザ・シーカーズ』をリリースし、全部で13枚のアルバムをリリースしている。最新作は2019年発表の『バック・トゥ・アワー・ルーツ』だが、ジュディス・ダーラムは1975年から1989年までの4枚のアルバムには参加していない。ジュディス・ダーラムは1968年にソロ・キャリアに乗り出すためにザ・シーカーズを解散させており、最初の2度の復帰には参加していない。
ジュディス・ダーラムはソロ・アーティストとして11枚のスタジオ・アルバムをリリースしており、そのディスコグラフィーは1968年発表の『フォー・クリスマス・ウィズ・ラヴ』と2013年発表の『イッツ・クリスマス・タイム』で挟まれている。他にもソロで5枚のライヴ・アルバム、5枚のコンピレーション、1枚のEPがリリースされている。
ザ・シーカーズは数々の記念碑的な賞を受賞しており、1967年にはオーストラリアン・オブ・ザ・イヤーに選出されている。1995年にはオーストラリアレコード産業協会の殿堂入りを果たしており、同年にジュディス・ダーラムはオーストラリア勲章を受勲している。
訃報を受けて、オーストラリア首相のアンソニー・アルバニージは次のように述べている。「国宝であり、オーストラリアのアイコンであるジュディス・ダーラムは私たちのアイデンティティの新たな一面に声を与え、オーストラリアのアーティストの新しい世代に道を切り拓きました。彼女のやさしさは多くの人に惜しまれるでしょうが、彼女が国に与えたアンセムは決して忘れられることはないでしょう」
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