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ザ・ローリング・ストーンズのドラマーだったチャーリー・ワッツが亡くなった。享年80歳だった。

彼のパブリシストであるバーナード・ドハーティはPAに訃報の声明を発表している。

チャーリー・ワッツは1963年からザ・ローリング・ストーンズに在籍している。チャーリー・ワッツはミック・ジャガーとキース・リチャーズと共に2016年発表のカヴァー・アルバム『ブルー&ロンサム』まですべてのアルバムに参加している唯一のメンバーとなっている。

先日、ザ・ローリング・ストーンズのメンバーは手術から回復するためにチャーリー・ワッツがツアーに参加しないことを受けて、チャーリー・ワッツを支持することを発表していた。

声明でスポークスパーソンは次のように述べている。「計り知れない悲しみと共に愛されたチャーリー・ワッツが亡くなったことを発表します。彼はロンドンの病院で家族に囲まれながら穏やかに亡くなりました」

声明でチャーリー・ワッツは「愛する夫、父親、祖父」であり、「その世代において最高のドラマーの1人」だったと評されている。

声明は次のように続けている。「困難な時なので家族、メンバー、近い友人のプライバシーに御配慮いただければと思います」

現段階でチャーリー・ワッツの死因は明らかになっていない。彼は2004年に咽頭ガンを患っていた。

『NME』に提供された経歴によれば、チャーリー・ワッツは「なによりも変わらない情熱をジャズに注いでいた」と述べられており、ザ・ローリング・ストーンズとツアーしていない時は「ザ・ローリング・ストーンズのツアーに付き物のサーカスの過剰さとは対照的な人目につかない気安さを大切にして、自身のジャズ・コンボとギグをするのを楽しんでいた」と記されている。

ザ・ローリング・ストーンズは1960年代初頭に結成した時は決まったドラマーがおらず、ロンドンのマーキー・クラブで1962年夏に行った初ライヴでもドラマーがいなかった。チャーリー・ワッツは加入の誘いを当初は断っていたとのことで、「広告代理店でのグラフィック・デザイナーとしての安定した定職を維持しようとしていた」という。

6ヶ月に及ぶ加入の誘いを経て、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズは「最終的にその人を手に入れた」と経歴には記されている。

チャーリー・ワッツは1963年1月にロンドンのソーホーにあるフラミンゴでのライヴが初出演となっている。「その後も彼は定職を辞めることを固辞しており、ザ・ローリング・ストーンズがデッカ・レコーズと契約した後のその年の夏になって完全にプロとなったのです」

「ザ・ローリング・ストーンズは初期のメンバーであるブライアン・ジョーンズ、ビル・ワイマン、ギタリストのミック・テイラーを失ってきましたが、キース・リチャーズとミック・ジャガーはチャーリー・ワッツがバンドにとって不可欠な核であることを知っており、常にチャーリー・ワッツなしのザ・ローリング・ストーンズはないと指摘してきました」

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