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ウォーの結成メンバーでベーシストであるモリス・“B.B.”・ディッカーソンが亡くなった。享年71歳だった。

米『ビルボード』誌によれば、モリス・“B.B.”・ディッカーソンは長年の未発表の病気との闘いの末にカリフォルニア州ロング・ビーチの病院で穏やかに亡くなったという。

1949年にカリフォルニア州トーランスで生まれたモリス・“B.B.”・ディッカーソンはウォーの独自のサウンドを築くのに大きな役割を果たし、“The Cisco Kid”、“Why Can’t We Be Friends”、“Low Rider”、“Summer”といった楽曲に参加している。

ベースの他にモリス・“B.B.”・ディッカーソンは1972年発表のヒット曲“The World Is a Ghetto”といったいくつかの曲でヴォーカルを担当している。

ウォーを結成する前にモリス・“B.B.”・ディッカーソンは叔父のハワード・E・スコットとザ・クリエイターズというグループにも参加している。ベトナム戦争の最中にザ・クリエイターズは解散しており、モリス・“B.B.”・ディッカーソンはハワイに行き、ハワード・E・スコットは後にザ・ナイトシフトになる新たなバンドを結成している。

ハワイから戻ってきたモリス・“B.B.”・ディッカーソンはザ・ナイトシフトに加入して、バンドは元アニマルズのエリック・バードンと共にウォーのオリジナル・ラインナップになっている。

ウォーはデビュー・アルバム『エリック・バードン・ディクレアズ・ウォー』を1970年4月にリリースしている。同作に収録の“Spill The Wine”は全米シングル・チャートで3位を記録している。次回作のダブル・アルバム『ザ・ブラックマンズ・バードン』はその数ヶ月後にリリースされている。

1970年末にエリック・バードンはウォーを脱退し、バンドは1972年発表の『世界はゲットーだ!』を含む10数枚のアルバムをリリースしている。“The Cisco Kid”、“The World Is A Ghetto”といった楽曲を収録した『世界はゲットーだ!』は1973年に最も売れたアルバムとなっている。

モリス・“B.B.”・ディッカーソンは1979年にウォーを脱退するが、90年代に元メンバーとローライダー・バンドというグループを結成し、ツアー活動を行っていた。

モリス・“B.B.”・ディッカーソンは母親、叔父、子どもに看取られている。

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