マイリー・サイラスはテレビ番組『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』の最初のエピソードから15周年を迎えたことを受けて長文の手紙を公開している。
『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』は2006年3月24日から放送が始まっており、当時マイリー・サイラスは13歳だった。4つのシーズンと1つの長編映画を経て、番組は2011年に終わっている。
インスタグラムでマイリー・サイラスは番組を振り返る手書きの手紙を公開している。「親愛なるハンナ・モンタナへ。15年経っても大好き」とキャプションには書かれており、「#HMForever」のハッシュタグが付けられている。
「私の素性を隠す最善の方法としてブロンドのかつらを初めて被った時から、そして胸にハンナ・モンタナのロゴが入った気味の悪いピンクのテリー織のローブに袖を通した時から15年になる。私は当時知らなかった、こうしてあなたが永遠に生きていくことになるなんて」とマイリー・サイラスは述べている。
「私の中だけでなく、世界中の数多く人の中でね。現実としては『もう一人の私』だったわけだけど、素の私よりも皮を被ったあなたのほうがよりアイデンティティとなっていた時期というのが私の人生にはあった」
マイリー・サイラスは次のように続けている。「私は匿名性と引き換えに、あなたがものすごい量の名声をくれるという等価交換をした」
マイリー・サイラスは「あれから多くの変化があった」と述べ、ハンナ・モンタナについて「月へと連れて行ってくれるロケットで、決して帰ることはできなかった」と評している。
「あなたと私は友人として一緒にそれを経験してきた」とマイリー・サイラスは続けている。「初めてのこともたくさんあったし、最後のこともたくさんあった。浮き沈みも、涙も笑いもね。シーズン1の最初のほうのエピソードを撮影している時に私は父型の父を亡くした」
「3月24日の放送開始を迎えようと頑張ろうとしていたけど、祖父は2月28日に亡くなった。『ハイ・スクール・ミュージカル』の放送でコマーシャルが流れたのを観て、祖父は人生で最も誇らしい瞬間の一つだと言ってくれた。彼は民主党の州議員だった」
「心が張り裂けそうだったけど、私の父の横に祖父がクレジットされることになって満たされたところもあった」
マイリー・サイラスは番組をやっていた頃を「絶対に忘れない」と述べている。「あなただけではなくて、ドラマが始まった当初から信じてくれたすべての人に恩義があるわ。私の忠誠心と感謝はあなたのものよ。ありがとう」
マイリー・サイラスは「自分がどこでやってきたのかを忘れた日は1日もない」とも述べている。
先月、マイリー・サイラスはスーパーボウルに際して行ったライヴの全編映像が公開されている。
マイリー・サイラスはフロリダ州タンパのレイモンド・ジェイムス・スタジアムでスーパーボウルの開催前にTikTokのためにテールゲート公演を行っており、ビリー・アイドルやジョーン・ジェットと共演を果たしている。
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