ナッシング・バット・シーヴスが通算3作目となるニュー・アルバム『モラル・パニック』を10月23日にリリースした。イギリスのEU離脱をめぐる騒動を受けて書かれた本作は、奇しくも新型コロナウイルスのパンデミックが広がった状況と呼応するような作品になった。前作『ブロークン・マシーン』が内省的な作品だったのに対して、新作『モラル・パニック』はナッシング・バット・シーヴスにとって社会といった外部を映し出す鏡のような作品となっている。ロック・バンド不遇の時代を乗り越えて、王道のロック・サウンドを軸にしたままロンドンのO2アリーナでの公演を行うまでとなった彼らが今回このような作品を作ることになったのはなぜだったのか? ここではヴォーカリストのコナー・メイソンが新作について語ったレーベルによるオフィシャル・インタヴューを掲載する。
――待望のニュー・アルバム『モラル・パニック』ですが、まずはあなた自身の手応えを訊かせてください。
「大切なアルバムという感じだね。パンデミックを通じて、アルバムの内容がいっそう時代性を帯びてきたような気がするね。今出すのが果たしてベストなのかどうかという迷いもあったけど、出す必要があると思ったんだ。ようやく出ることになって嬉しいよ」
――前作『ブロークン・マシーン』から3年、途中でEP『ホワット・ディド・ユー・シンク・ホウェン・ユー・メイド・ミー・ディス・ウェイ?』(2018)も挟みましたが、本作の曲作りはいつ頃から始まったんですか?
「『ブロークン・マシーン』(のアルバム・サイクル)が終わってからの1年かそのくらいで曲を書いて、そこから制作期間に突入していったんだ。すぐにできたものではなかったけど、『ブロークン・マシーン』で自分たちの姿が見えてきたというか、自分たちの姿そのものだったような気がするから(笑)、書く意欲を出し尽くしてしまったような感じだったんだよね。バンドの中でもちょこちょこ問題があったし。まあ、それは20代前半に5年もツアー活動を一緒にしていればよくある話だけどね。5年間外部との人付き合いが減っていたから、当然不穏な雰囲気になることもあるし。その5年間を再評価してからリスタートするにはある程度の時間が必要だったんだ。それで曲を書くのもちょっと時間がかかった。でも一旦流れに乗ったらすごくスムーズにできたよ。前の2作は大成功したから3枚目はベストなものにしたいと考えすぎてしまって、色々リライトしようとしてしまったけど、あれってよくないよね。同じ曲を2度書くなんてことはできない訳だから。それで『何をすべきか』と考えるのをやめることにして、ソングライティングが好きだからひたすら書き続けるという風にしたんだ。そうやって書く方がずっといいものができるんだよね」
――曲作りが流れに乗ってからはこのアルバムのテーマというか方向性が見えてくるまであまり時間がかからなかったということでしょうか。
「そうだね。僕たちは自分に制限をかけないから、どこをもって進歩というかは難しいけどね。『よし、こうやろう』と決めてやった方がいいのかもしれないけど、自然ななりゆきを重視しているんだ。2作目は間違いなく内省的なアルバムだった。というのも当時の僕たちが一番関心を持っていたのがメンタル・ヘルスだったからね。3枚目の本作は外向きの考察だったと思う。世の中全般が狂った状態だったし…今回はブレクジットにまつわる色んなことに対する僕たちの葛藤について書いたんだけど、不思議なくらいに今の方がよほどしっくりくるんだ。それはいいことだけどね。計画してこうなった訳じゃないんだ(笑)」
――「今の混乱を予期していたのか」なんて訊かれたりしませんでしたか。
「最初の曲“Is Everybody Going Crazy?”を出したときはすごくヘンな感じだったね。ちょうどロックダウンの直前でみんなパニックになって、トイレットペーパーやパスタを買い込んでいた。当時は『何で僕はここにいるんだろう』みたいな気がしていたね(笑)。(コロナ禍が)些細なことのように思えていたんだ。それはある意味いいことだったんだけどね、現実に立ち戻って何が重要なのかを考えることができるから。『何で僕はここでこの曲をリリースしているんだろう?』みたいな。リリースした週にロックダウンが始まって、“Is Everybody Going Crazy?”がBBCラジオ1でよくかかっていて、『コロナのアンセム』みたいな感じだったよ(笑)……でも出してよかったと思う。この状況を乗り切るには音楽の力を借りる必要があるから、ラジオやプレイリストがあるということが重要だったからね。出してよかったと思っているよ」
――『ブロークン・マシーン』の曲作りには、デビュー・アルバム後の長期ツアーの中で精神的・肉体的に疲弊したあなたの、治療と休養を経た経験も反映されていたと聞きましたが、今回はそれを経た上で色々なことに言及できるものが書けたという感じだったのでしょうか。
「そうだね。それもあるし、単に僕たちが成長したからというのもあると思う。この世の中で、人としての自分たちが何者なのか、どんなものを支持しているのか、どんなものを護りたいと思っていてどんなものに反対しているのかが分かるようになってきたのかな。そういうことについて曲を書きたいんだ。歳を重ねるにつれてそういうことを話し合うようになるしね。ここに取り上げられているのは、僕たちがバンドをやっていなかったとしても上がっていたであろう話題なんだ。自分たちの考えていることをアルバムの中で殴り書きしているような感覚だね。アルバムの中にはまだ愛の要素も残っている。あまり大っぴらにはしていないけど、心の中か外で気持ちを開放するまでの駆け引きの中にあるんだ。でも全体的には間違いなく、外向きの考察のアルバムだね」
――プロデューサーは前回と同じマイク・クロッシーですが、『ブロークン・マシーン』と比べてアプローチを変えた面はありますか。
「興味深い質問だね。ある意味あったと思う。かなり周到に準備して作ったアルバムだけど、僕たちがミュージシャンとしてもソングライターとしても、アーティストとして進歩したから、メンバーのドムも素晴らしいプロデューサーになったんだ。今じゃもう何年もプロデュースをやっているから、今回は(マイクと)共同プロデューサーを務めたも同然でね。曲作りというよりもサウンドとかプロダクション面でドムが活躍したところが多かった。だから、バンド内に既にプロデューサーがいるような感じだったんだ。そのおかげでレコーディングの段階で曲の半分はほぼ完成していたようなものだった。マイクは自分でも言っていたけどバンドにマイクを差し向けて……つまり、バンドとしてあるべき音を拾うだけ、みたいな意味の役割を担っていたんだ。僕たちは既に自分たちの音を作りつつあって、それを彼が増幅してくれたという感じかな(笑)。僕たちのやりたいようにやらせてくれたよ。それが本当によかった。頭の中にあれこれ色んなアイデアがあって、これはやるべき、これはやらないべきみたいなのがごっちゃになってヴォーカル・ブースでクレイジーになっても(笑)、全部出させてくれたからね」
――あなたのヴォーカルも前作以上に素晴らしいです。ヘヴィ・チューンの迫力ももちろんですが、“Free If We Want It”から“Impossible”のデリケートなファルセットの美しさは絶品です。前作からボーカリストとして意識して進化・深化を目指した部分は?
「素晴らしい質問だね。僕は以前から自分が歌いたいと思うものを歌うことができていたと思う。いつも自分に挑戦を課してきたしね。曲に出会うと『うわぁ、どうやってやるんだ?』と興味を持って、それを解明する。今は頭の中で思い浮かべたり、耳にしたりした音楽は歌えるような境地に達しているよ。このアルバムでは『今までとどんな風に差をつけようか?』と考えた。今回は潜在意識的に色んなパーソナルな問題に対処していた気がするんだ。そういう問題を抑え込んでしまって対処しないという悪い癖があったけど、ある時ヴォーカル・ブースに入って自問自答したんだ。(問題の対処は)自宅でやる必要がある。けれど、今すぐ自分のヴォーカルの中で対処すればいいじゃないか、ってね。今回のアルバムは本当に様々な感情を網羅していると思う」
――そうなんですね。
「そう……“Free If We Want It”では何かを吐露した気がする。あれは激しかったね。あれもまた進化の一環だと思うんだ。僕はずっと情熱的な立場から歌ってきた。心から自分の感じていることを歌う、それがベストなことだと思うしね。今回はレコーディングを通じてセラピーを得ていたこともあって、自分の魂をそのまま乗せて歌うことができたと思う。少なくとも僕はそういう風に思っているよ(笑)」
――歌詞的にあなたがどのくらい関与しているかは分かりませんが、例えば“Phoebia”や“Moral Panic”といったタイトルや”Is Everybody Going Crazy?”からは現代社会への深い憂慮や怒りが感じられます。そういうのも本作の歌詞のテーマの一部だったのでしょうか。
「そうだね。僕たちの作風や内輪の会話にはいつも皮肉が入っているけど、決して悲観的な意味合いじゃなくて、現実的な意味合いなんだ。身の周りの状況の醜さに気づいているということでね。物事があらゆる意味でパーフェクトじゃないということ。曲を書く時はその辺りをものすごく誇張することができる。その人のキャラとか、ものごとの醜さや、それに対する軽蔑や怒りにスポットを当てて、気づいてもらいやすくするんだ。ロックダウンもそうだよね。気を紛らす色んなものを排除せざるを得なかったからこそ、何が本当に重要なのかをまざまざと思い知らされたし、身の周りの状況がオーケーじゃないってことに気づかされた。ブラック・ライヴス・マター問題なんかもそうだと思う。イギリスやアメリカの政府の様子を見ていても、世の中のひどい状況に気づかされるんだ。そういうのを追いやる前にね。アーティストとしては常にその辺りに対する視点を持っているところがあるけど、今は一般の人たちも普通に生活して働いているだけで世の中のひどさに気づいてしまうよね。僕たちの歌詞には間違いなくそういう視点があると思うし、言葉にするのはとても大切なことだと思う。でないと曲を書いている意味なんてないからね。伝えたいものがないとさ」
――音楽的には本作で特に新機軸と感じたのが“Moral Panic”や“There Was Sun”のようなR&Bの影響も感じるエレクトロ・チューンでした。本作でこういうアプローチをとった理由は?
「すごいね、気づいてくれて嬉しいよ。1年半くらい前だったと思うけどオーストラリアにいて、ドムと散歩していたんだ。ドムとは大親友だから、ツアー先でもいつも一緒に散歩に出て、コーヒーなんか飲みながら、人生のこととかバンドのこととかを語り合うんだよね。で、2枚目のアルバムを出した後のことだったんだけど、ドムが『ああ……あのさコナー、もっといいメロディ・ラインが書けたような気がするんだ』なんて言うんだ。その頃、僕は今よりエゴがあったから……あ、今は間違いなく払拭したけどね。『マジか?なんだよ、むかつくな』なんて思っていた(笑)。でも、後になってみると……確かにそうだ、あいつは正しい、なんて思うようになった。そこから1年くらいかけてポップ・ミュージックを猛研究したんだ。ポップ・ミュージックは昔から大好きだけど、ちゃんと研究したのはその時が初めてだった。インナー・ライムとか、リズムとか、ビートを中心に跳ねるような感じにする方法とか、コードの構造とか。主にR&Bを研究したね。僕はR&Bの大・大ファンなんだ。ナッシング・バット・シーヴスに曲を書いていなかったらR&Bの曲を書いていたと思う。それくらい大好きなんだ。あとポップ全般もね。それからドムもポップやR&Bの人たちと仕事をしたことがある。それで僕たちはソングライティングでもそっちの世界に飛び込んでいったんだ。ナッシング・バット・シーヴスの音楽にも間違いなくそれが反映されていると思う。例えば”Is Everybody Going Crazy?”はもともとソリッドなロックだったんだけど、どうにも気に入らなかったんだよね。頭のどこかに引っかかるものがあって。それでメロディにR&B的な要素を取り入れることにしたんだ」
――最後に”Individual”についてお尋ねしますね。あれはドラムンベースとレイジ・アゲインスト・マシーンが合体したような凄まじいナンバーですが、この曲が生まれた経緯を教えてください。
「”Individual”は奇妙だよね。このアルバムで最初に書いた曲なんだ。ドムの書いた素晴らしいギター・リフから始まった。確かクリス・コーネルが亡くなったばかりの頃だった。会ったこともあるし、大ファンだったからものすごくショックだったよ。ドムからトラックが送られてきたとき、何かヴォーカルのメロディを入れたいと思った。多分クリス・コーネルみたいなことをやりたいと思ったんだろうな。ヘヴィだけど音の高い感じ。ほとんどクリス・コーネルに捧げる歌みたいな感覚だった。当時はラップもよく聴いていたからあのラップの部分が生まれた。それでしばらく棚上げにしていたんだけど、1年後くらいにドムとジョーと僕の3人で集まったときにドムがR&Bのビートを作ったんだ。僕はマイクに向かってでたらめを口走ったのを憶えている。それを切り刻んでループに編集しようと思ってね。そのループの部分が『Can you afford to be an individual?(君にはひとりの人間でいる余裕があるかい?)』と空耳で聞こえたんだ。僕がそう歌っていた訳じゃないよ。ループの部分がそう聞こえたんだ。ドムとジョーに『うわっ、こんなすごいことってあるんだ』と言ったよ。そのフレーズをベースに曲(の残りの部分)を書いたんだ。思いがけない幸運の産物だったよ。ループから生まれた曲なんだからすごいよね。あり得ない話だよ。それから最後の方は滑稽な……イギー・ポップの曲みたいに、世界や社会に対する憎悪を解き放ちたいと思った。ドムとジョーには『あのさ、この曲は(イギー・ポップの)”Paraguay”みたいにヘヴィにしようと思うんだ』と言ったよ。そうしたらレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンみたいなフロウのあるラップになったんだ。ジョーが歌詞の最後の方に狂気を取り込んでくれたことに感謝しているよ。あいつが『アメリカのことを書きたい。世の中にいるすべてのバカどもについて書きたい』と言っていたから、僕は『分かった』と言ってブースに入った訳だけど、その時頭の中にあった『どこでスクリームするか』とかそういうのが数テイクも録ったら曲の内容とぴったり合ったんだ。すごくスムーズにできた曲だったね。やっていて楽しかったし、僕が気に入っている曲のひとつだよ。ああいうレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンみたいなシャウト的なラップを入れるのは面白かった。僕はヴォーカルで実験してみるのが大好きなんだ」
リリース詳細
ナッシング・バット・シーヴス | Nothing But Thieves
『モラル・パニック』|Moral Panic
10月28日(水)発売
2,200円+税 / SICP-6535
日本盤のみボーナストラック2曲収録
歌詞・対訳・解説付き
01. Unperson /アンパーソン
02. Is Everybody Going Crazy? /イズ・エヴリバディ・ゴーイング・クレイジー?
03. Moral Panic /モラル・パニック
04. Real Love Song /リアル・ラヴ・ソング
05. Phobia /フォビア
06. This Feels Like The End /ディス・フィールズ・ライク・ジ・エンド
07. Free If We Want It /フリー・イフ・ウィー・ウォント・イット
08. Impossible /インポッシブル
09. There Was Sun /ゼア・ワズ・サン
10. Can You Afford To Be An Individual? /キャン・ユー・アフォード・トゥ・ビー・アン・インディヴィジュアル?
11. Before We Drift Away /ビフォア・ウィー・ドリフト・アウェイ
12. In Solitude :: Is Everybody Going Crazy? (Live) /イン・ソリテュード::イズ・エヴリバディ・ゴーイング・クレイジー?(ライヴ)*
13. In Solitude :: You Know Me Too Well (Live) /イン・ソリテュード::ユー・ノー・ミー・トゥ・ウェル(ライヴ)*
*日本盤ボーナストラック
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