最も地に足が着いたメンバーだったベーシストのワルター・ジャーヴァース が抜け、2015年の『ホワット・ウェント・ダウン』以来、陣営が大きく変わることとなったフォールズだが、彼らは結束力を強め、3月8日に『パート1』がリリースされた2枚組の鋭利なアルバム『エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト』を携え、帰ってきた。『NME』のアンドリュー・トレンデルはヤニス・フィリッパケス率いるバンドに会いに行き、友情や野心、アルバム、混沌とした世の中で生き残る秘訣についての話を聞いた。
フォールズのフロントマンであるヤニス・フィリッパケスはタバコの火を踏み消すと、サウス・ロンドンにあるフォト・スタジオに足を踏み入れ、ダッグバッグを足元に下ろした。
「何枚かシャツを持ってきたんだ」とヤニス・フィリッパケスは教えてくれた。
ヤニス・フィリッパケスはバッグを開けると、ヴィンテージもののシャツや、著名なデザイナーが手掛けたシルクのシャツなどを取り出して見せてくれた。80年代風の幾何学模様のシャツや、鮮やかな花模様のシャツ、空飛ぶ羊がデザインされたシュールなものもあったし、躍動感に満ちたテニスの一場面を描いたものもあった。彼が取り出したシャツの一枚一枚が絢爛で、圧倒されるほどに美しいものだった。「ポスト寡頭政治時代の装飾品と言ったところかな」とヤニス・フィリッパケスは語る。
2019年にリリースする二部作の一作目『エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト・パート1』に流れるスタイリッシュなグルーヴやファンタジー的なイメージを彷彿とさせる宇宙のようなシャツに身を包み、4人は(11年間で7度目となる)『NME』のカヴァーを飾るためのこの日の写真撮影に臨んでいる。バンドメンバーたちが着ていたそれぞれの衣装は、4人の異なる個性を見事に表しているようだった。ヤニス・フィリッパケスはよく笑うものの、気難しい頑固な性格をしている。ギタリストのジミー・スミスはクールで、落ち着いた人物だ。キーボーディストのエドウィン・コングリーヴは内向的な性格の持ち主で、ドラマーのジャック・ビーヴァンはバンドにおける無邪気な子犬のような存在である。
昨年、元ベーシストのワルター・ジャーヴァース(「カウンセラーだよ」とヤニス・フィリッパケスは呼んでいる)はバンドから友好的に脱退している。ワルター・ジャーヴァースは、自身や他の誰しもの想定を遥かに上回る成功を手にすることとなった、フォールズとの驚きに満ちた冒険に終止符を打ったのだ。
オックスフォード出身の5人組バンドだったフォールズは、2008年にリリースしたデビュー・アルバム『アンチドーツ(解毒剤)』で提示したぎこちなくも冒険的なマスロックで、気取ったインディの埋立地の影から外へと出ることに成功している。彼らはさらなる色彩を加えた2010年のセカンド・アルバム『トータル・ライフ・フォーエヴァー』で、自分たちが一時的な流行に留まらない存在であることを証明している。2013年にリリースした『ホーリー・ファイア』と2015年の『ホワット・ウェント・ダウン 』でさらにプログレッシヴやポップ、ファンク、アリーナ級ロック・バンドの力強さといった要素を積み重ねていった彼らは、図らずもインディの王座に昇り詰め、ウェンブリー・アリーナでの公演をソールドアウトさせているほか、2016年には レディング&リーズ・フェスティバルのヘッドライナーの1組を務めている。
近年ではワイルド・ビースツやザ・マッカビーズといった彼らと同年代の仲間たちが解散を表明している。大人として家庭中心の生活を送るためにワルター・ジャーヴァースがバンドからの脱退を表明したことで、バンド内にフォールズの将来に対する懸念が広がることはなかったのだろうか?
「つまり『誰かが彼の脱退に続くのか?』っていう懸念かい?」とヤニス・フィリッパケスが不敵な笑みを浮かべながら答えると、ジャック・ビーヴァンがこれに続いている。「そうだね。彼から脱退のことを聞いた時、瞬間的にチビリそうになったことは確かだよ。他にも誰かが彼に続いてしまうんじゃないかって、不安になってしまったんだ」
今年の1月、ヤニス・フィリッパケスとジャック・ビーヴァンは『NME』のオフィスを訪れて新作についての最初のインタヴューの一つに応じている。ヤニス・フィリッパケスの注文通りにウォッカとソーダを調達した後で、私たちはワルター・ジャーヴァースが脱退したことによる余波についての話を訊いた。
「改めて自分たちのことを見つめ直す必要があったんだ」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「難しいチャレンジだったけど、同時に興奮もしていてね。これまでやっていた楽曲制作のような、古い方法に頼ることができなくなったわけだからね。オックスフォードへ戻って、部屋でいろいろなアイディアを出し合ったところで、前と同じように作用することはないっていうさ。おかげで、違った方法でアプローチしてみるきっかけになったよ」
ジャック・ビーヴァンはワルター・ジャーヴァースについて次のように語っている。「バンドが一つの家族であるのだとしたら、僕はこの10年で実際の家族よりも100倍は多くバンドと会っているからね。ワルターは僕たちの喧嘩を止めてくれるような、僕らにとっての父親か、歳の離れた兄みたいな存在だったんだ。健全でいい行いをするよう、何度も彼が導いてくれたよ」
健全な行いとは、どんなものだったのだろうか。
「そうだな、パブなんかは最高に健全だよね」とヤニス・フィリッパケスは答えている。
どうやら、パブはバンド内に共通したテーマであるようだ。前回のインタヴューから数ヶ月後、繁華街にあるスタジオでの家族写真の撮影を終えようとしていた頃、ヤニス・フィリッパケスからパブに行かないかという提案がなされた。「全員一緒のインタヴューは久しくやっていなかったんだ」とヤニス・フィリッパケスはスタジオからの道中で教えてくれた。普段はバラバラにインタヴューされるほうがありがたいのだという。そのほうが言葉がうまく出てくるらしい。
インターネットでパブを検索した後で、私たちはウォルワース・ロードにあるザ・タンカードへと向かった。人目を引きさえしなければ、パブはインタヴューに実にもってこいな場所である。ヤニス・フィリッパケスは『エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト』の大部分の楽曲をサウス・ロンドンの酒場で書き、これまでは海外の居住スタジオで行っていた楽曲制作とレコーディングも、セルフプロデュースによる本作の作業は現在メンバーの全員が暮らしているロンドンのペッカムで行われている。
「『トータル・ライフ・フォーエヴァー』の制作中は、スタジオの上にある宿舎で生活していたんだ。船の客室のような場所でさ。全員、頭がおかしくなりそうだったよ」とジャック・ビーヴァンは振り返っている。「ヤニスなんて、2週間以上スタジオを出なかったこともあったくらいでね……」
「そう、僕は11日間ずっとパッタイだけを食べていたよ」とフロントマンは笑いながら語っている。「ネブカドネザル2世のような精神状態になっていたんだ」ご存知かもしれないが、新バビロニア王国を治めていたことで知られるネブカドネザル2世は、神様の持つ本当の力を学んだ後で、牛のように草を食べて続けていたことで知られている。当然、ヤニス・フィリッパケスもそういう精神状態だったのだろう。
フォールズは今回、自らが煮込んだ出汁の中で冬眠して反芻物を口にする代わりに、自分たちの庭で作業をしたことによって生まれた「自由や時間、空間の感覚」を原料として取り入れてみたのだという。
「ペッカムはクリエイティヴなエネルギーに満ちているんだ」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「いくつもの文化があって、若くて、エキサイティングで、変化を続けている場所なんだ。すべてがいい変化というわけではないにせよ、生き生きとしていて、変化のない郊外とはかけ離れた場所なんだよ」
彼らは自宅やクープランド・パークのスタジオ近郊を拠点とした生活を謳歌していた。新しいバーやレストラン、酒蔵が次々とオープンしていくボヘミアンたちのメッカでの生活は、フォールズが最新作で改革を起こす際の原動力となり、彼らはバレアリックのビートやSF的なシンセ、プログレッシヴ・ロックのリフ、シネマティックなタッチを取り入れた、別々でありながらも繋がりのある2枚のアルバムを作り上げている。この2枚のアルバムに詰め込まれているのは、そう遠くないディストピア的な未来に対する、心地の良いジャムたちだ。
「僕らは一辺倒なバンドとは違うからね」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「僕たちには、フォールズだと分かるような要素を維持しながら、自分たちがやりたいように様々な方法で表現できるという自負がある。ある程度の自由が存在しているんだ。それに、僕らと一緒にファンベースも大きくなっていくわけでさ。さらなる飛躍や新しい何かを期待されるんだ」
特有の癖のある弾むようなサウンドから、観客を熱狂の渦に巻き込むライヴ・パフォーマンスに至るまで、フォールズには常に若さを感じさせる溌剌さや勢いがあった。30代に突入した彼らは今、5作目や6作目のアルバムでお決まりになっているような「インディ特有の慣習」に足を踏み入れようとしている。歳を取ってもなおピーターパンのような存在でいられるのは、バンドにいるからこそなのだろうか?
「よくもまあ、そんなことを言えるね?」と現在32歳のヤニス・フィリッパケスは少々苛立ちを隠せない様子だ。分かった、分かった。つまり何が言いたかったのかというと、常に若くあり続けるという考え方は、フォールズの中で時代と共に変化していったのか、もしくは、ニック・ケイヴやエルボー、レディオヘッドが大人になって成熟と向き合えるようになったように、彼らも成長を遂げたということなのだろうか?
「僕たちはかけがえのないものを手にしている。僕らはギターバンドとして今も現在進行形の存在だし、クリエイティヴ面でのピークにいるわけだからね」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「若い頃よりも、今のほうがそういうことを実感しているよ。僕らは、今の音楽シーンにおいて闘って守る価値のある特別なものを持っていることを自覚しているんだ」
ヤニス・フィリッパケスはアイドルズの最新作のタイトル『ジョイ・アズ・アン・アクト・オブ・レジスタンス。』を引き合いに出して、次のようにまとめている。「実際のところ、ギターを弾いたり自分たちの方法で取り組んだりすることは、ある種のレジスタンス的な行為なんだよ」
「レジスタンス」は、これまでで最も反響を呼んでいる時代にマッチしたアルバムをリリースしたフォールズにとって、彼らの2019年におけるスピリットを表すのに相応しい言葉だ。私たちが日々監視システムを恐れながら暮らしている、気候変動によって鳥たちが絶滅した混乱とした世界がリード・シングルの“Exits”で描かれているかと思えば、アルバムのハイライトとなっている“In Degrees”で歌われているのは、現代を生きる上での「疎外感や社会的混乱」についてである。“Sunday”では、差し迫ったEU離脱という「祖先たちが残していったあらゆる損害」の中に残された希望についてが歌われている。
『エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト』におけるテーマについて、ヤニス・フィリッパケスはかつて『トータル・ライフ・フォーエヴァー』で懸念していた人類とテクノロジーの衝突を引き合いに出して語っている。フォールズは当時、『トータル・ライフ・フォーエヴァー』のタイトル・トラックで「シンギュラリティ」を憂慮していた。
フォールズにとってはパブでのよくある話題の一つに過ぎないが、科学的な黙示録に日頃から触れていない方々のために説明すると、「シンギュラリティ」とは、人工知能がやがて人間の知能を凌駕し、私たちにとっての生きるという概念が揺さぶられる時代が到来するという説のことだ。
作家で未来学者のレイモンド・カーツワイルは、2045年を迎える頃には映画『ターミネーター』で描かれているような世界になると予測している。「当時はまだ、そういうディストピア的な考えが遠い未来だと思っていたことを覚えているよ」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「10年が経った今では、アルバムで書いていたテーマの多くが現実になっているよね」
「大きなところで言えば、インターネットはあらゆる知識にアクセスできるものになっているわけでさ。技術的な進歩という面で言えば、インターネットやソーシャル・メディアがもたらしたものはユートピア的だと言えるのかもしれない。だけど、承知の通り、そこにはダークな側面もたくさんあるわけでね。人工知能が単にありがたくて慈善的な存在にしかなりえないというのは、ありえないわけでさ。イーロン・マスクですら、このことを懸念しているよ」
ジャック・ビーヴァンも彼に同意して、次のように語っている。「ちょうど今日、アメリカの科学者たちが人工知能にレディットの投稿を読ませて、サイコパス的な行動を学習させたっていう記事を読んだんだ。恐ろしいことだよ」
彼らの言う通りだ。これらはもはや、ミューズのマシュー・ベラミーのような人間や陰謀論の信者たちに限られた話題ではない。ドラマ『ブラックミラー』は私たちに、こういった懸念がもはや遠い未来の話ではないということを教えてくれている。フォールズは『エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト』で、ヤニス・フィリッパケスが語るところの「誰しもが浸かっている2000年代以降の恐怖」に足を踏み入れてはいるものの、それに対する何かしらの答えを提示しているわけではない。ヤニス・フィリッパケスは本作について、「政党政治や人頭税制度、サッチャー政権」を攻撃しているのではなく、あくまでも「不満や不安、相反する複雑な感情」に包まれた世の中の雰囲気をそのまま反映させているに過ぎないと強調している。
この混沌とした時代において、どのようにしてスローガンを決めることができたのだろうか? 「今、唯一表現できることは混沌だけだ」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「混乱はアルバムの芸術的な価値を高めてくれる。ベネズエラにいるキッズもこのアルバムを聴くことができるし、コネティカット州のおばあちゃんの家で芝刈りをしながらだって聴くことができる。テーマは翻訳することが可能なんだ。僕らは全員が同じボートに乗っているんだよ」
全員が同じ状況にいると語った髭を生やした哲学者としてはもう1人、労働党党首であるジェレミー・コービンの名前が挙げられる。ヤニス・フィリッパケスは2017年に行った『NME』とのインタヴューでジェレミー・コービンについて、「若者や広い社会のために活動している誠実な政治家」であるとした上で、彼がもたらした「活性化の」効果について語っている。果たして彼らの目には、ジェレミー・コービンが最初に提示した理想に従って行動しているような人物として映っているのだろうか?
「一般的な見解は話せないけど、友人たちは間違いなくジェレミー・コービンに期待を寄せているよ」とヤニス・フィリッパケスは今回改めて語っている。「もっと多くのことを実現してくれていたら、僕らも彼のことを好きになっていたんだろうけどさ。どの政治家についても言えることだけど、彼らのハイプに傾倒し過ぎると、最終的には失望させられることになるんだ」
エドウィン・コングリーヴは話を遮るように次のように語っている。「それは違うな。僕たちを失望させない政治家たちだってたくさんいる」
ヤニス・フィリッパケスは次のように続けている。「まあ、政治家にはそういうハイプがつきものだっていうことだね。彼らならきっと僕たちを救ってくれるはずだって信じてしまうんだ。最近の政治家たちが抱えている問題はそこだね……僕は政治家になりたいと思わないな。君はどうだい?」
フォールズは昨今の音楽業界も同様に混沌とした状況にあると信じてやまない。とりわけ、2019年における「成功」の定義には疑問を抱いているようだ。「すべてが一つのアルゴリズムに集約されているんじゃないかな?」とヤニス・フィリッパケスは指摘している。「気が滅入ってしまうよね」
フォールズが10年以上前にデビュー・アルバムの『アンチドーツ(解毒剤)』をリリースした時、彼らはCDの売り上げにおける栄光の時代を過ごしていた。そんな彼らですら、今では少なくとも商業面における「ゴールポストが見えない」と嘆いている。
キャッチーでポップな“My Number”の流れを追って、同様の曲を1曲か2曲作ろうと思ったことはなかったのだろうか? 「そうなったらゲームオーバーだよ」とジミー・スミスは言う。「もしもその試合に参加する気が僕らにもあったなら、きっとそうしていたと思うよ。他の人たちがそうしてきたのを見てきたからね。けど、僕たちは違うんだ」とヤニス・フィリッパケスは続けている。「僕たちは、参加せずに上手くやっているんだよ」
フォールズはこれまでリリースしたすべてのアルバムでUKのゴールド・ディスクを獲得しているほか、前作までの4作のうちの3枚で全英アルバム・チャートのトップ5にランクインしている。「万人に受け入れられる可能性を秘めた」音楽を作ろうとすることに恥ずかしさはないとヤニス・フィリッパケスは語っている。「ニッチでカルトなバンドになることにロマンは感じないし、クリエイターとしてもそそられないんだ」
彼らは自分たちのことを単に芸術を追求しているに過ぎず、チャートの順位は「単にレコード会社が気にしている霧のようなものに過ぎない」と語っているが、彼らは本作で初となるアルバム・チャートの首位を獲得する可能性を念頭に置いてはいないのだろうか? 「僕は自分たちのアルバムが出た週に『グレイテスト・ショーマン』を買おうとしていたんだ」とジャック・ビーヴァンは語っている。
ところで、グラストンベリー・フェスティバルについてはどうだろう? グラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーを務めることは、彼らにとって「バンドとしての大きな成功」を意味するものなのだろうか? それとも、彼らは今夏に出演するボードマスターズ・フェスティバルやトラック・フェスティバルでヘッドライナーを務められることで満足なのだろうか?
「グラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーは、ショウとして最も崇高で最も特別な意味を持つことになるだろうね」とジミー・スミスは語り、謙虚に次のように続けている。「けど、相応しい時でないといけないからね。いち早く絶頂に達してしまうようなことはしたくないんだ」
もしかすると、2020年のグラストンベリー・フェスティバルはフォールズの年になるかもしれない。今年の10月に『エヴリシング・ノット・セイヴド・ウィル・ビィ・ロスト・パート2』をリリースした後で、彼らの勢いが増していく可能性は大いにある。「同じペンダントのつがい」だという2作は、テンションやテーマが一貫していながらも、彼らは『パート2』で、時代に対して『パート1』とは相反するような違ったアプローチを試みている。フォールズは『パート2』について「2発目の弾薬のような」ものであり、「より激しさを増した」これまで以上に「自分たちのライヴの雰囲気を取り入れた」ものになっていると語っている。『パート2』の最後は、未編集の10分間にわたる恍惚的な楽曲で締め括られるのだという。
「僕たちが抱えていた葛藤の一つとして、10曲入りの40分のアルバムでは自分たちのクリエイティヴな欲求や野望を満たすことができないという葛藤があってね」とヤニス・フィリッパケスは語り、前もって練習してきたのであろう2枚のアルバムについての解説をしてくれた。「一つの意見として集約しようとすると、犠牲にしなければいけないものが出てきてしまうわけでさ。こういうアプローチを取り入れることによって、バンドとして欠かすことのできない力強い芸術的思想を丸ごと二つの意見に分けて伝えることができるんだ。それも、一切妥協することのない形でね」
ザ・1975は今年、昨年の『ネット上の人間関係についての簡単な調査』のリリースから12ヶ月と経たずに次の新作となる『ノーツ・オン・ア・コンディショナル・フォーム(原題)』をリリースする予定となっている。2枚のアルバムを作るという選択は、彼らを上回るための施策なのだろうか?
「彼らがそんなことを考えていたなんて知らなかったんだ」とヤニス・フィリッパケスは語っている。「けど、見渡してみれば、アリアナ・グランデだって2枚リリースするって言っていたわけだし、マリーナだってある意味ではそういうことをしている。ヴァンパイア・ウィークエンドは17曲入りのアルバムを作っているよね。これらはすべて、芸術を消費するスピードが急速に早まり、獣たちに餌を与え続けないといけない世の中になってしまったことに対する反発なんだ」
ジャック・ビーヴァンはバンドが将来的にまた2枚組のアルバムに取り組む可能性は大いにあるとした上で、バンドの思想を12曲にまとめるような手法に再び戻ることは「難しいだろう」と語っている。今後も多くのフォールズの楽曲を聴くことができそうだ。そしてそれは、必ずしもフォールズとしてまとまった形だとは限らない。
ヤニス・フィリッパケスは現在、フェラ・クティのドラマーとして活躍したトニー・アレンと共にパリでEPを制作している。彼はトニー・アレンとの作業に取り掛かるより前、祖先のルーツであるギリシャのカルパトス島へと赴き、父親と会って「お気に入りの場所」だという現在3代目として家族が経営している「カフェ・フィリッパケス」を訪れている。「まさにスパルタっていう感じでね。何でもアリなんだ」とヤニス・フィリッパケスは教えてくれた。何でもだって?「いや、何でもということはないな、実際は。厳粛な感じだね。カティサークのウィスキーやタバコがそこら中にあるよ」
一方で、ジミー・スミスは現在取り組んでいるという宇宙で遭難した(ロシアで宇宙飛行士を意味する)コスモノートについてのアルバムの進捗状況を教えてくれた。「どうして(ロシア以外の国で宇宙飛行士を意味する)アストロノートではないんだい?」ヤニス・フィリッパケスは興味津々の様子だ。「宇宙開発競争におけるソ連のイメージが好きでね」とジミー・スミスは答えている。「宇宙の開発競争が行われていた時に、アメリカの多くの監視ステーションが宇宙で遭難したロシアのコスモノートたちからの救難信号を受信していたんだけどね。彼らはロシア語で助けを求めていたんだ。彼らの声を誰かが聞いたのはそれが最後で、コスモノートたちは軌道から外れて行ってしまったんだ。彼らはきっと、自分たちの国からだけでなく、自分たちの惑星からも見放されてしまったと感じていたに違いないよ」
「君はそう感じることがあるのかい?」とヤニス・フィリッパケスはパブのベンチ越しに笑いながら質問している。
「あるよ、時々ね。想像してみてよ。美しいものを見ているのに、恐ろしい気分になってしまうような感じをさ」
バンドメンバーが行っている珍しい課外活動としては他に、エドウィン・コングリーヴは大学に再入学して、空いた時間を利用して数年かけて「ゆっくり数学の学位を取ろう」としている。「音楽業界は精神活動に相応しい場所ではないからね。脳が徐々に崩れていってしまうのを感じるんだ」とキーボーディストのエドウィン・コングリーヴは語っている。「自分がそのことをとても心配していることに気付いてね。僕はこれを治療することにして、5年が経った今も、この忌々しい学位の取得を目指しているんだ」
ヤニス・フィリッパケスはエドウィン・コングリーヴについて、笑いながら次のように語っている。「僕たちはステージを降りる頃には汗だくになっているんだけどさ。バーボンを1本引っ掛けて、(公演で最後に演奏することの多い)“Two Steps, Twice”を終えてから5分が経った頃には、エドウィンからはすっかり汗が消えていて、彼は本を読み出すんだよ。そんなの見たことないよな」
最後はジャック・ビーヴァンについて。彼はどうやら、BBQグリルの前を次の活躍場所にしようとしているらしい。「いつの日か、有名人がシェフになるみたいなルートを辿ろうと思っているんだよね。『スモーキー・ジャックス・BBQ』なんて、いい名前だと思うんだ。もしくは、『サウシー・ジャックス』とかさ」
ジミー・スミスのアルバム名やジャック・ビーヴァンの店の名前について議論する頃にはパイント・グラスが空になり、タバコの火も消えていた。一番良かったアイディアは『ポスト・ユーリ』と『フード・イズ・グッド』だった。趣味や将来の計画や夢の違いは、バンドメンバーたちの不揃いさをより一層強調させているが、彼らの間には絆や暗黙の理解があり、バンドとして一つの特異な存在としてまとまっている。
「ワルターがフォールズで一番マトモだったんじゃないかな。彼なしのフォールズは、一部屋に4人の尖った野郎が集まっているようなものだね」とヤニス・フィリッパケスは笑いながら語っている。「この4つの角たちは、いち早く馴染む方法を見つけなければいけないんだ。そうでなければ、何もかもが悲惨な状態になってしまいかねないからね」
ノット・エヴリシング・キャン・ビィ・セイヴド。すべてを救うことはできないが、フォールズはどうにか乗り切ったようだ。悪夢や混沌とした状況を乗り越え、彼らの息は今やピッタリである。1人は抜けてしまったが、彼らはかつてないほどに団結している。決して壊れない絆で繋がった4人の友人たちが、1つのヴィジョンから2枚のアルバムを作り上げた。彼らは離れ離れになることなどない核家族そのものなのだ。
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