Press/David James Swanson

Photo: Press/David James Swanson

ニュー・アルバム『ボーディング・ハウス・リーチ』の制作は、まずアパートの一室で「ギターやピアノを使わずに曲作りをする」というアイディアからスタートしたという。なので、21世紀唯一無比のギター・ヒーローと言っていいジャック・ホワイトのアルバムにもかかわらず、本作はこれまでのディスコグラフィーと較べても、いわゆるギター・リフが極めて少ない作品となっている。しかし、このアルバムを聴いた人の多くは、これぞジャック・ホワイトのアルバムであり、「ギター」・アルバムだと思うのではないだろうか。新作の音楽性は多岐に渡っている。エレクトロやハード・ファンク、ヒップ・ホップ、ゴスペル、ブルースなど、ジャンルのパレットは格段に増した。しかし、そうした多様性を湛えながら、リード・シングル “Connected By Love”では、昨今叫ばれている「分断」ではなく「繋がる」ことを歌い、サウンド面でもジャック・ホワイトという人のソングライティングの核はまったくブレていない。だから、本作ではギターが鳴っていないパートでも、あたかもギターが聴こえてくるような瞬間が存在する。ロックンロールの常套手段をことごとく禁じ手にしながら、ロックンロールを体現する、『ボーディング・ハウス・リーチ』はそんな作品になっている。ジャック・ホワイトは本作について「2018年に語られるべきものにしたかった」と語っている。ここではレーベルによるジャック・ホワイトのロング・インタヴューをお送りしたいと思う。

――本作はこれまでで最もバラエティーに富んだアルバムだと思いますが、その理由の一つがヒップホップやジャズ・シーンなどで活躍するミュージシャンたちとの初コラボレーションだと思います。ロック・シーンを代表する貴方が敢えて今作で他ジャンルの人とコラボをした理由はなんですか?

「ソングライターとして、そしてプロデューサーとして自分自身に喝を入れたかったんだ。ここ数年はナッシュヴィルのミュージシャンと多く活動してきた。カントリー・ミュージックやロック・シーン、それからフォーク・シーンで活躍するセッション・ミュージシャンたちだよ。彼らのようなミュージシャンと一通りやってきたところに、ダル・ジョ-ンズというヒップホップ系のドラマーをツアーと前作『ラザレット』で起用したんだけど、彼が繰り出すリズムがいたく気に入ってね。ロックンロールのドラマーが刻むリズムと違っていて、もっとそっちを掘り下げたいと思うようになった。それからドラムマシーンもね。そこから自然な流れでヒップホップ系のミュージシャンに目を向けて、スタジオ専門のエンジニア/プロデューサーというより、ステージでのライヴ演奏でスタジオの音を再現できるミュージシャンたちと一緒にやりたいと思ったんだ。それが今回の起用の経緯で、幸運にもやりたいと言ってくれた人が何人かいてね。彼らが持ち込んでくれたものはどれもすごく興味深かったよ」

――実際、これまでと違う系統のミュージシャンたちを起用することで、これまでと違うという感触はありましたか?

「もちろん。何がよかったかって、彼らは初めて会う人ばかりで、お互いのことをほとんど知らなかったんだ。同じ部屋に入ってすぐに音楽に取りかかったわけだけど、それって結構クレイジーで、大惨事にだってなりかねない。彼らがどれ程の腕前なのか、同じ言葉を話すのか、まったく知らないわけだからね。お互いが気に入るようなリズムが果たして見つかるのかさえもだ。でも、何が素晴らしいかって、違う国出身で、話す言葉が違っていたとしても、音楽を一緒に奏でることはできるんだ。結果的にすごく上手くいったし、本当にラッキーだったよ」

―― 他にも本作では小さなアパートを借りて、楽器は敢えて弾かずに頭の中だけで曲作りをしたそうですが……。

「そうそう。それがアルバムを作る発端だった。とあるアパートを借りて、14歳の時に録音で使った機材をそのまま持ち込んたんだ。『ギターやピアノを使わずに曲作りをする』という発想がまずあった。楽器に頼らず、思いつくままに書く。言葉を思い浮かべながら、メロディーをつけて、それを口ずさんでみるんだ。それをカセットテープに録音して、その後から楽器を足していく。ものによっては、すごく上手くいったよ。自分にとっては、これまでと真逆のやり方だったんだ。通常だと、ギターかピアノを弾きながら、歌を乗せていくんだけどね。今回は新しいやり方を試してみて、なかなか面白い新しい場所に辿り着くことができたよ」

――そういった工程がアルバム・タイトル『ボーディング・ハウス・リーチ』になったのですか?

「そう。結構深いつながりがある。例のアパートで録音していた曲でリリー・メイ・リーシェがフィドルを弾いてくれてたんだ。彼女の最新アルバムのプロデュースをやった経緯で、バイオリンを弾いてくれとお願いしてね。その時に、彼女のすぐ横に置いてある録音用の機材のボタンを押すのに彼女のすぐ横を手を伸ばさないといけなくて、『下宿で手を伸ばしてごめん(pardon my boarding house reach)』と言ったんだ。彼女に『どういう意味?』と訊かれたんで、こう説明したんだ。『下宿に住んでて、家賃を滞納すると、ご飯の時に美味しい料理が自分の席からテーブルの一番遠く離れた場所に置かれてしまうから、食べたかったら滞納している分を必死に手を伸ばさないといけないんだ』とね。その時に彼女が『面白いわね。アルバムのタイトルにするべきよ』と言ってくれて、それで、本当にそうしたというわけさ」

――ジャケットにはソロ作品で初めてあなた以外の人物がフィーチャーされていますが、どんな意図があるのですか? なんとなくですが、あなたの面影もありますよね。

「本当は自分の顔をまったく載せないつもりだったんだ。固く決めていたんだけどね。それで、サードマン・レコードのアートワーク部門のスタッフがいろいろ面白いアイディアを出してくれて、これに行き着いた時には、モーフィングした生き物になっていたんだ。面白いアートワークなんじゃないかと思ったよ。人物の目のところを手で覆ったら美しい女性に見えるんだけど、口と鼻を覆うと目が僕だって分かる。男性と女性を融合させた感じに仕上がってるんだ」

――具体的なモデルはいたのですか?

「僕のいろいろな要素も多少入っているんじゃないかな。僕自身の男性的な面と女性的な面とかね。そこからスタッフがコンピューターで色々モーフィングを繰り返して変幻自在に顔を変えていってたら、なんとも独特な表情に行き着いたんだ。マネキンにも見えるし、霊にも見える。そして僕自身の顔の要素もどことなく入っているっていうね」

――シングル“Connected By Love”にあなたが込めたメッセージを教えてください。この曲は、現在の不安定な世界情勢から生まれたものでしょうか?

「極めてシンプルな、それこそ平和と愛を訴える単純なラブソングのようなものを書きたかったんだ。そういう意味では難解なものではないよ。というのも、今はアメリカをはじめ世界的にも極めてドラスティックな時代で、毎朝起きてニュースを見る度に憂鬱になるし、危険だと感じる。だから人間のポジティヴな面を歌った、よりソウルフルな歌が描きたかったんだ。毎日耳にする分断ではなく、人間の繋がりについて歌いたかったんだ」

――“Over and Over and Over”は10年以上もかけて今回やっと完成した曲と聞きました。それほどの長い期間を経て“今回”完成した要因はご自身では何だと思いますか?

「正直自分でも分からないな。唯一思い当たるとしたら、ギターの音色だね。サードマン・レコードで取り扱っているバンブル・バズ・ペダルというすごく気に入っているエフェクターがあるんだけど、『この曲には全然合わないだろうな』と思いながらも、それを試しに繋げてみたんだ。それで、録音したものを聴き返してみたら、『なんてことだ! これこそずっと探し求めてたサウンドだ!』ってなってね。ようやく見つけることができたんだ。それが決め手だったね。他のパートは出来上がっていたんだ。ドラム・パートも他の楽器パートもすべてね。そこに例のギターの音色が最後のパズルのピースとして当てはまったんだ。そして歌詞とボーカルを仕上げて完成したっていうね」

――またこの曲は強烈なギター・リフがとても印象的で日本では特に人気が高いのですが、あなたが曲作りにおいて一番大事にしている要素は何でしょうか?

「ライヴで人前で演奏する時だったり、観客と一体感を生むのは、とにかく疾走感がある大音量のロックンロールが一番簡単なんだ。より難しいのはスポークン・ワードや詩、散文、ストーリーテリングの部分のほうだよ。ラウドなロックンロールのリフの方が容易に感じる。だから、僕としては逆にそのロックンロールのリフばかりに頼り過ぎないように気をつけたいと思っていてね。そこの部分はあまり難しいと感じていないんだ。難しいのは、物語を伝えることだったり、より深いところで人に共感して貰える何かを伝えることだ。だから、このアルバムでもギター・リフはあまり登場しない。そんな中でも“Over and Over and Over”や、ファンクっぽいも“Corporation”でフックのあるギター・パートがあるのはよかったと思う。印象的で、物語に人を引き込むきっかけになる。興味があれば物語の部分まで掘り下げるのもいいし、もっと気軽にノリを楽しんでもらうだけでもいい」

――昔から「自分の音楽を通して物語を伝えている」と話していますが、どんな物語を伝えるかインスピレーションに詰まることなどはないのですか。

「歌詞を書く時に煮詰まることはほとんどないんだ。そこで壁にぶつかることはほとんどなくてね。あるとしたら、面白くて人を惹きつけるだけの魅力があると思えるメロディーを書く時だよ。ミュージシャンとして心に留めて置かなきゃいけないのは、『ギタリストとして、ドラマーとして、ピアニストとして、自分はいいメロディーだと思うけど、他の人を惹きつけるだけの魅力はあるだろうか』ということだと思っている。アーヴィング・バーリンやジョージ・ガーシュウィンといった作曲家にしても、彼らは誰もが思わず歌いたくなるようなヒット曲を書こうとしていた。楽譜を売って、それを元にみんなはパーティーで彼らの曲を歌って楽しい時を過ごした。彼らだって個人的に好きなものへの思い入れを多少切り離さなければならなかったわけだ。だから、曲を書いているときはそういうことを念頭に入れておかなきゃいけないのは確かだよね。だって他の人がそこから何かを感じ取れるレコードとして世に出すわけだからね」

――本作は曲ごとに異なる音楽性でそれがとても魅力的ですが、あなた自身が最も思い出深い曲はどれですか?理由も合わせて教えてください。

「個人的に思い出深いのは“Why Walk A Dog?”という曲だね。例のアパートでテープレコーダーに思いついたまま歌を録音したところから始まって、そこに自分でドラムマシーンを足したんだ。他の楽器パートも自分で録音するのに、近隣に迷惑がかからないように、静かにやらなきゃいけなくてね。だから本物のドラム・セットやアンプを使うわけにはいかなくて、どの楽器もすべて4トラックに直接繋げた。結果的にああいう形に仕上がったことに凄く満足しているんだ。すごくシンプルな曲だ。アルバムの中で注目されるような曲ではないかもしれないのは分かっているよ。印象に残るわけでもないし、メロディアスでもなく、キャッチーなわけでもない。でも、自分にとっては、強い愛着のある経緯と、なかなか面白い構成で、プロデューサーでもある僕が個人的に一番気に入っている曲だよ」

――ソロ作は前2作共に全米1位に輝きました。昨今はロック・シーンが低迷していますが、そんな中でもあなたの作品がこれほどまでに受け入れられているのはなぜだと思いますか?

「(笑)……なんでだろうな。自分ではさっぱり分からないよ。まったくもって理論に反しているよね。最近何本かライヴが決定したんだけど、それがフェスのヘッドライナーとかなんだ。もうかれこれ20年音楽をやってきているわけだけど、今でもフェスのヘッドライナーをやって欲しいと思ってもらえるのは光栄だよ。自分のツアーもできて、アルバムもリリースできて、自分のレーベルもある。こうして自由に音楽ができる環境というのは、自分にとって本当に大事なことで、当然のことだとは思っていない。自分が面白いと思える音楽を自由に作れることだけでも毎日本当にありがたいと思っている。それを他の誰かが気に入ってくれるなんてことは自分にとって驚きでしかないね。たまにMTVを見たり、ラジオを聴いたりとかもするけれど、そんな中で僕の音楽を聴いてくれる人がいるっていうのが信じられないんだ。(今流行っているものの)中には僕自身好きなものもあれば、好きではないものもある。今の10代のキッズが何を好んで聴いているのかっていうことには常に興味があるよ。今の16歳は何が好きなのかってね。それくらいの年頃の人と話をする機会があれば、『どんな音楽を聴いてるの?』と尋ねるようにしているんだ。『なんで好きなのか?』もね。どういう答えが返ってくるか常に興味があるんだ。でも、だからと言って(受け入れられる)秘訣を知るまでには至らないんだ。その秘訣は僕にも分からない。面白いよね」

――現代のロックを代表する存在である貴方が考える「これからのロック・シーンにとって一番大事なこと」はなんだと思いますか?

「そうだなぁ……いい質問なんだけど、僕にもその答えは分からないな。今はインターネットの時代で、それこそ月ごとにどんどん物事は変化していくわけでね。カルチャーの移り変わりのペースがとにかく速いんだ。一年先でさえ何が流行るのか予測するのは難しいというのに、5年後にどうなっているかなんて知る由もないからね。僕自身、今はサード・マン・レコードでレーベルを運営しているわけで、多くの若手バンドも手がけている。いいバンドも沢山いる。才能溢れるいいバンドだけど、なかなかファン層が広がらないバンドも見てきた。彼らがどうしてもっと売れないのだろうか、もっとファンがつかないのだろうか、と首をかしげたくなることだってある。でも、確実に言えることは、今は様々なものと競わないといけないんだ。ネットフリックス、ゲーム、DVD、インターネット……挙げだしたらキリがないよ。娯楽は音楽だけじゃないんだ。そんな中で、人の注意を惹きつけるものは何なのかを知るのはすごく難しいよ」

――来日公演は残念ながらしばらく実現していませんが、日本と聞いてあなたが思いだすことは何でしょうか?

「ツアーで行った時の電車での移動を今でも思い出すよ。すごくいいツアーの移動手段だと思った。電車に乗って、すごく静かでリラックスできたのを覚えている。飛行場へ行って荷物を預けてといった面倒とは無縁だったんだ。日本本来の美しい姿を見ることができたのも嬉しかったね。僕は黒澤明の作品が大好きで、日本の田舎の風景が好きなんだよね。電車で移動して、それを見ることができたのは本当によかったと思っているよ」

――ちなみに本作での日本ツアーする予定などはあるのですか?

「是非したいとは思っているよ。本気でね。色々な地域に行かなきゃいけないと思っている。ただ、昔のように自分一人で行きたい場所を決めることができなくなってしまったからね(笑)。今はフェスの日程を中心にツアーする地域が決まってくるというのと、他にもいろいろな諸事情がある。もし僕が独断で行く場所を決めていいんだったら、間違いなく日本を筆頭に挙げるよ。だから、どうにかして上手くやりくりして行けるようにしたいね。子供たちも行きたがっているんだ。彼らに『いつか必ず日本に連れて行ってあげるよ』って約束したんだ。彼らは日本を“巨大な漫画の国”のように思っているから、行ったら本当に楽しんでくれると思うよ」

(訳: 伴野由里子)

リリース詳細

ジャック・ホワイト『ボーディング・ハウス・リーチ』ジャケット写真
ニュー・アルバム
『Boarding House Reach / ボーディング・ハウス・リーチ』
2018年3月23日(金) 全世界同時発売
国内盤CD (全13曲)
日本盤のみ高音質Blu-Spec CD2仕様
アーティスト・グッズが抽選で当たる応募ステッカー付き(初回)
SICP-31143 / 2500円+税 / 解説・歌詞・対訳付き
輸入盤CD / アナログ(全13曲)
配信(全13曲)
01. Connected By Love / コネクテッド・バイ・ラヴ
02. Why Walk A Dog? / ホワイ・ウォーク・ア・ドッグ?
03. Corporation / コーポレーション
04. Abulia and Akrasia / アブーリア・アンド・アクレーシア
05. Hypermisophoniac / ハイパーミソフォニアック
06. Ice Station Zebra / アイス・ステーション・ジブラ
07. Over and Over and Over / オーヴァー・アンド・オーヴァー・アンド・オーヴァー
08. Everything You’ve Ever Learned / エヴリシング・ユーヴ・エヴァー・ラーンド
09. Respect Commander / リスペクト・コマンダー
10. Ezmerelda Steals The Show / エズメレルダ・スティールズ・ザ・ショウ
11. Get In The Mind Shaft / ゲット・イン・ザ・マインド・シャフト
12. What’s Done Is Done / ホワッツ・ダン・イズ・ダン
13. Humoresque / ユーモレスク

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