20160908_feature

バスティルのフロントマンであるダン・スミスは、我々と少しも違わない。本当に。シェア・ハウスに住んでいて、アメリカのポッドキャスト「シリアル」を聴いている。フランク・オーシャンのニュー・アルバムを楽しみにしている。バンド・メイトと出かけるのが一番の楽しみだ。でも、ダン・スミスはパラレル・ワールドへの入り口を見つけた――ブリット・アウォーズ受賞、グラミー賞授賞式にアリーナ・ツアーと続き、憧れのデヴィッド・リンチ監督からは2013年に“Are You Sure”のリミックスを依頼され、NASAで勤務しているファンからは宇宙でのランチに招待された(「マジですごかったよ。実は僕ら、マニアックな宇宙オタクだからね」とダンは語っている)。

ダン・スミスのソロ・プロジェクトとして2010年に始まり、2013年のデビュー・アルバム『バッド・ブラッド』の頃までにはフル・バンドとなった彼らだが、バスティルはギターを弾かないギター・バンドというスタイルを採っている。ギター・バンドがかつてないほどファッショナブルでない時代にあって、その壮大なサウンドと限界突破のポップ・チューンによって、一つの成功の形を証明してみせた。UKで『バッド・ブラッド』は当時デジタル・アルバムの年間最速セールスを記録した。アメリカでは、至る所で耳にするシングル曲の“Pompeii”がサプライズ・ヒットになり、2014年の終わりまでに500万枚を超える売上となった。以来、このロンドンを拠点とするグループは多数のフェスティバルに飛び回る過酷な日々を送っており、ポピュラー・ミュージックの潮流の変化に与えたその影響力は明白だ。事実、蚊帳の外にあったエンブレイスとザ・ウォンバッツがそれぞれ2014年と2015年にカムバック・アルバム(『エンブレイス』と『グリッターバグ』)を制作した時、その音楽はバスティルの唸りを上げるようなコーラスと有頂天な猛進の原動力をそっくりそのまま取り込んだサウンドだった。しかし、ダン・スミスはそれを認めない。彼は、このことをただ示唆しただけで恐縮し切ってしまった。「僕は、僕らが、誰かに影響を与えたと考えたりするほどに尊大だと思わない」と彼は口ごもった。「僕らは、ファースト・アルバムの衝撃に十分に対処できてないんじゃないかな。もしあればだけどね……」

Dean Chalkley/NME

Photo: Dean Chalkley/NME

セカンド・アルバムのリリースを控え、ダン・スミスと彼の3人のバンド・メイト、ドラムのウッディ、ベースのカイル・シモンズ、キーボードのウィル・ファーカーソンは、本人たちが認めるにせよ認めないにせよ、気がつけば世界の大人気アクトに仲間入りしていた。それどころか、ザ・1975と共に、バスティルはバンドであるということがどういうことなのか、そのルールを書き換えている新しい世代のリーダーなのだ。90年代の虚勢や男根主義や過剰さではなく、2000年代の計算尽くのクールさでもなく、もっと人間的な何かだ。ノエル・ギャラガーは「バスティルを生きたまま踊り食いしてやりたいね。つまり一つのインタヴューで、徹底的にぶっ潰して、消えてもらうんだ」と語ったことがある。何にも増して、ここには世代の違いがはっきりと浮かび上がる。ダン・スミスはこの言葉をこんな風に解釈する。「ただの古くさい売名行為ってやつだろ。違う?」

『NME』はこの日、彼らにノース・ロンドンのフォト・スタジオで会った。バスティルはいつも通り、黒を基調に少し白の入った陰鬱な格好だった。しかし、雰囲気は意気揚々という感じだ。撮影時間は限られていた。だからウィル・ファーカーソンとウッディは、近くのパブでイングランドがウェールズに2対1で勝ったサッカーの試合を観ようとさっさと消えることができた。ダン・スミスは、彼らの待ち望まれた新曲“Good Grief”をバンドのファンに初披露するためにラジオ局を回る小旅行に即刻出発した。「待ち切れないね」と彼は言った。「一番はみんなに曲を聴いてもらうことだから」

カムバック・シングルとしては“Good Grief”は奇妙な作品だ。誰かを亡くした経験と向き合うための曲でありながら、陽気でブラスを多用したアートなポップ・ソングとなっている。「僕らはいつも人間の心の暗い側面に偏りがちなんじゃないかな。有頂天と内省と自信喪失の間を日和見しているのさ」とダン・スミスは語る。「死別の悲しみがどんなにヘンテコかについて書いてみたかったんだ。憂鬱とショック、有頂天が重なり合って、どんなに狂ったプロセスなのかってね。この曲でみんなをいい気分にできたらいいな」

Dean Chalkley/NME

Photo: Dean Chalkley/NME

ダン・スミスが解体された頭のパーツだけで歌っている“Good Grief”のミュージック・ビデオも普通ではない。「ビデオの口パクは通常、僕にとって最悪のものだ」と彼は言う。このあたりは、バスティルの持つ緊張感の大きな要因である、ポップ業界のクリシェに付き合うことを潔しとしない意志に関わってくる。「自分の人生を歌で日記にするのには興味を持ったことがないんだ」彼はこう続けた。「あまりにもたくさんのことが既にやられている。あまりにも多くの人が失恋の痛みや愛の喜びを見事に表現している。これらの要素は僕らの音楽に存在するけど、自分はそういうのじゃない、決まり切った内容じゃないものを書きたいんだと思う」

“Good Grief”はバンドのセカンド・アルバム『ワイルド・ワールド』からの公式なファースト・シングルだ。そして彼らのキャリアに2本の鎖をくくりつけるものでもあるようだ。バンドの正式なアルバムとシングルに平行して、バスティルは初期の頃から『アザー・ピープルズ・ハートエイク』と題した一連のミックステープをリリースしてきた。これは現在、ヴォリューム3にまでなっている。ダン・スミスのヒップホップ・カルチャーへの愛に刺激を受け、多彩なゲスト(ハイム、ケイト・テンペスト、エンジェル・ヘイズ)を迎え、サンプル音源、カヴァーやマッシュアップなどを盛り込んだ内容だ。例えば彼らのヒット・シングル“Of The Night”は、コロナの“Rhythm Of The Night”とスナップの“Rhythm Is A Dancer”をつなぎ合わせている。「このミックステープは好きな音楽や映像をメッシュするみたいな感じなんだ。自分の嗜好を溶け合わせるみたいな感じでね」とダン・スミスは説明している。

今回、『ワイルド・ワールド』で彼らは、このミックステープと彼らのオリジナル作品との中間地点を見つけようとしていて、それなりの問題が発覚した。「ミックステープを作り始めた時は、ただYouTubeやDVDから材料を切り出してきて、無料で作っているんだから問題ないだろうって無邪気に考えてたんだ。でも、7回も法的なものをほのめかされて、『ヤバいな、これは厄介だぞ』っていう感じになったんだ」。しかし、合法的に物事を進めるうちに、ちょっと面白い連携も生まれた。“Good Grief”は、女優のケリー・ルブロックの1980年代の映画『ときめきサイエンス』をサンプリングしている。彼女の居場所を突き止めると、彼女は将来、バンドのライヴに出演してもいいと言ってきた。「彼女は『すぐ飛んでいくわ』っていう感じだった」とダン・スミスは語っている。「だから、僕たちは『マジで!?』みたいな感じでね。うーん、そうだね、実現するかもしれないね……」

前作『バッド・ブラッド』に収録されている楽曲の歌詞はフィクションから来ていることが多い。“Pompeii”はイタリアの火山、ヴェスヴィオ山が噴火したときのローマの古代都市、ポンペイがどんな状況だったか想像して書かれている。“Laura Palmer”はカルト・ドラマ「ツイン・ピークス」に出てくる同名のキャラクターからインスピレーションを得ている。“Icarus”はギリシャ神話「イカロス」を回想して書かれている。ニュー・アルバム『ワイルド・ワールド』はバスティルが様々な高次の文化的影響からテーマをピックアップしたことが見て取れる。(ダン・スミスは“Send Them Off”について「男女の関係における理不尽なジェラシーについての曲なんだけど、シェイクスピアの『オセロ』に出てくるデズデモーナとオセロ、そしてホラー映画『エクソシスト』のイメージから影響を受けてるんだ」と説明している)だが、同作は、彼らが残酷な現実、特にソーシャルメディアの副産物や1日中流れているニュース報道にコネクトしていることも見て取れる。ダン・スミスは“Warmth”についてこう説明している。「あの曲はパニックや無力感についてで、それらがどのように日常の生活の一部になっているかを表現してるんだ。人間として、そういった感情にどう反応するか? それに向き合おうとしているのか? 現実から逃げていないか? 酔いつぶれていないか? そして、それらすべての状況の中で、一般的に人生をすばらしいものにしているのは、他人と人間関係とユーモアだと思う」

もちろん、たくさんのニュースもある。先日、バスティルはモデルや女優としてだけでなく、活動家としても活動しているリリー・コールが主催したイベントでパフォーマンスを披露した。このイベントはEU離脱の是非を問う国民投票に若者も参加するよう促す目的で開催された。特定の側に投票するよう促すものではなく、気さくな性質のイベントだった。

では、なぜどっちつかずの態度なんです?

「他の人をいらいらさせてるのは分かってるよ。でも俺たちは自分たちの考えを表明したくないんだ。だって、俺たちは音楽や、ちょっとした変なものを作るのが大好きだから」とダン・スミスは語っている。「もちろん、俺たちはすべてのことに対して意見を持っている。政治から何から何までね。でも、ミュージシャンが公然と政治的でいることについてとても恥ずかしいような感じがすることもある。彼らがその事についてよく理解していない場合は特にね」カイル・シモンズは「僕が人を投票に行かせようとするなんてとても詐欺っぽい感じがする。だって俺はただのアホなバンドマンだからね」と語っている。

ダン・スミスは、複数のルームメートと一緒に生活しているが、そのルームメートの1人は残留に向け活動していたという。ダン・スミスはあの日、離脱のニュースを聞いた友人の泣き声で目が覚めたという。ダン・スミスは「がっくりきて、ショックを受けてたね」と語っている。その数時間にバスティルはBBCに出演し、“Pompeii”の歌詞を「俺らが愛する週末に/ポンドが下落し続けていた」と変更してパフォーマンスを行っている。「とても小さくてちっぽけなことだけど、反応せずにはいられなかった。みんあの話題に上るのはこのことばかりだったしね」とダン・スミスは語っている。「ステージに上がって、『俺たちはまだヨーロッパの一部なんだ!』という風に叫ぶことを願っていた。でも、そんな白昼夢ももう終わりなんだ」

ダン・スミスは以前は言及しなかったが、今回ニュー・アルバムに収録される楽曲“The Currents”がドナルド・トランプや離脱派の中心的存在の英政治家、ナイジェル・ファラージのように癪に障るポピュリストの登場にインスパイアされた曲であることを語っている。「嫌悪感を感じるようなことを言っている政策を聞いて、ただ逃げ出したいと歌った曲なんだ」とダン・スミスは語っている。「その曲はそれから逃げ出すことについて、水面から上がって一息入れるというイメージを盛り込んだんだ」

「ブレキジット」はバスティルにとって祝祭の場であるべき場所に垂れ込める暗い雲となった。EU離脱が決まった週末に開催されたグラストンベリー・フェスティバルはバスティルにとって愛してる表現では物足りないような場だ。彼らはこの週末、休みをとっている。そうすればセット曲を演奏したら、何のおとがめもなくパーティーできるからだ。我々がインタヴューしている時もダン・スミスはフランス出身のシンガーソングライター、クリスティーヌ・アンド・ ザ・クイーンズを見に行きたくてうずうずしている。ダン・スミスはグラストンベリー・フェスティバルで演奏するからワクワクするのか、もしくはここにただいるだけでワクワクしてるのか、彼の態度から読み取ることができない。「ツアーバスに乗ってきたんだけど、慣れない感じだったね。だって、グランストンベリーに友人と一緒に車をぶっ飛ばしてやって来て、会場を荷物を持って歩き回ることになるって想像していたから。よかったけどね」とダン・スミスは語っている。

8時間後、バスティルが最後から2番目の出番で演奏しようとしているグラストンベリー・フェスティバルのジ・アザー・ステージの舞台裏では、彼らは目の前の仕事に集中していた。彼らはバックステージで緊張したエネルギーで飛び跳ねながら、円陣を組んでいる。ライヴは大成功で、日没のグラストンベリー・フェスティバルのステージはこの地の伝説に彼らのことを刻むものとなった。たとえ、ダン・スミスが後にこう語ったとしてもだ。観客からはまったく分からなかったが、彼はライヴの途中で不安発作に苦しみ、コントロールして立ち向かうのが難しかったのだという。「キャリアの最初の頃のように不安と緊張で縮みあがったんじゃないけどね。でも、それほど社交的でなく、どうしても人の注目を浴びたいっていう人間でない限り、知らない人たちの前でステージに上がって、歌を歌うなんて馬鹿げたことをするのは、不安を引き起こすものなんだよ」

我々は32時間後に最後にもう一度ダン・スミスと偶然出会っている。それは、日曜日の朝5時だった。ダン・スミスは太縁の眼鏡をかけていて、シャツの見事なフリンジはくたびれていたが、彼の表情には輝きがある。友人たちに囲まれ、まるで金曜日から一睡もしていないように見える。そしてこの上なく幸せだ。ダン・スミス、あらゆる意味で彼は我々と同じような人間なのだ。

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