1987年にリリースされた『ヨシュア・トゥリー』は20カ国以上のチャートで首位を獲得して、U2をその後30年以上にわたってスタジアム級のロック・バンドとしてシーンに君臨させることとなったバンド屈指の名作である。U2は同作がリリース30周年を迎えた2017年に『ヨシュア・トゥリー』のツアーをスタートさせ、世界各国で同作からの楽曲を披露する公演を行ってきた。『NME JAPAN』ではいよいよ直前に控えた『ヨシュア・トゥリー』ツアーの待望の来日公演を前に、『NME』が選んだ、あなたが知らないかもしれないU2『ヨシュア・トゥリー』についての10の事実をご紹介する。
1. U2のレコード会社はアルバムのタイトルを気に入らなかった
ボノによれば、アメリカのモハーヴェ砂漠への旅行にちなんで名付けられた『ヨシュア・トゥリー』というタイトルは、この傑作にふさわしくないと考えられていたという。「アルバムを持っていった時に業界の人たちにこう言われたんだ。『ザ・ビートルズと同じくらいビッグになろう……それで、タイトルは? 『ヨシュア・トゥリー』。オーケー、分かったよ。(ブルース・スプリングスティーンにちなんで)『ボーン・イン・ザ・ヨシュア・トゥリー』でも、(ピンク・フロイドの『狂気』にちなんで)『ダーク・サイド・オブ・ザ・ヨシュア・トゥリー』ではないのか』ってね」と彼は米『ローリング・ストーン』誌とのインタヴューでアンソニー・デカーティスに語っている。「『3枚しか売れなそうだな』と言われたよ」
2. エチオピアへの旅行にインスピレーションを得ている。
妻であるアリ・ヒューソンとの人道的な旅を経て、ボノはアフリカの国における貧困の問題を、自分たちが日々暮らしていた豊かで無関心な生活と照らし合わせて考えるようになったのだという。「アフリカでの滞在中に貧困のどん底にいるような人々を見てきたわけだけど、僕はそれでも人々の中に強い心を見ることができたし、その豊かな心は帰った後では見つけることができないものだったよ」とボノは語り、次のように続けている。「西洋で甘やかされているような子供に出会った時に、『確かに彼らも実態としての砂漠は知っているのかもしれないけど、僕たちには違った意味での砂漠もあるんだ』ということを思うようになり始めたんだよ。僕はその考えに魅了されて、砂漠をある種のシンボルとして考えるようになったんだ」
3. カースティ・マッコールがトラックリストを決めるのを手助けしている
今は亡きカースティ・マッコールはアルバムのミキシング中に本作のトラックリストを決めるのに一役買っている。当時は“Where the Streets Have No Name”が1曲目に、“Mothers of the Disappeared”が最後に収録されるという2曲の位置付けが決まっていたのみで、他の順番に関しては彼女の手に委ねられていたという。彼女はとてもいい仕事をしてくれたと言って差し支えないだろう。
4. ブライアン・イーノによってお蔵入りになる寸前だった楽曲
アルバムの冒頭を飾る“Where the Streets Have No Name”のレコーディングについて、ブライアン・イーノはアルバム全体にかけた時間の半分を同曲の制作に費やしたのではないかと振り返っている。1曲のレコーディングにあまりに時間をかけてしまっていたために、ブライアン・イーノはバンドのために同曲をお蔵入りにすることまで考えていたという。ブライアン・イーノは後に、この曲のレコーディングについて「悪夢のようだった」と振り返っている。
5. リリース当初はB面に収録されていた有数の名曲
U2は当時、『ヨシュア・トゥリー』の原始的で壮大な雰囲気に“Sweetest Thing”はフィットしないのではないかと考えていたという。そんな経緯もあり、バンドは当初この曲を“Where the Streets Have No Name”のB面曲としてリリースしている。しかし、年月を経てファンに愛される曲となったことで、同曲は再レコーディングされることになり、『ザ・ベスト・オブU2 1980-1990』の収録曲として再びリリースされている。1998年に再リリースされた際には、同曲はアイルランドやカナダのチャートで首位を獲得しているほか、UKのシングル・チャートでも最高3位を記録している。
6. ローディーの死がアルバムにおける屈指の名曲に影響を与えている
“One Tree Hill”はボノの最も近しい友人の1人でもあったローディーのグレッグ・キャロルへの追悼の意を込めて書かれている。グレッグ・キャロルはダブリンでの悲劇的なバイク事故で亡くなっており、その後間もなくして行われたボノとブライアン・イーノによるジャム・セッションがこの楽曲の元になっている。ボノはこの曲のヴォーカルを一度しかレコーディングしていないのだが、あまりに打ちのめされてしまっていたために、もう一度臨むことができなかったという。
7. アメリカ議会図書館にも保存されているアルバム
2014年、『ヨシュア・トゥリー』は国家保存重要録音登録制度によって「文化的、歴史的、美学的に重要」な作品として認定され、同図書館が保存するコレクションに新たに加えられている。アメリカ議会図書館に保存された作品は次世代の人々のために、事実上、永久的に保存されることになり、この図書館には他にもジェフ・バックリィの楽曲である“Hallelujah”や、ローリン・ヒルの『ミスエデュケーション』などが保存されている。
8. 実際のヨシュア・トゥリーの木がアルバムと同じ運命を辿ることはなかった
アントン・コービンによってカリフォルニアの砂漠で撮影された象徴的なアルバム・ジャケットは、この場所を神聖化させることに成功している。しかし、残念なことに、そんな寓話が『ヨシュア・トゥリー』というアルバムの存在よりも生きながらえることはなかった。この木は2000年に寿命を迎え、2015年には切り倒されたと報じられている。明白な理由なしに切り倒され、今では切り株が残っているのみとなっているのだが、この事実は毎年この場所にハイキングに訪れていたファンによって発見されており、木の成り果てた姿を見たファンは打ちのめされることになったという。
9. ヨシュア・トゥリーを探していたなかで亡くなったカップルがいる
2015年、オランダから来ていた旅行者で、ティルブルフにあるライヴハウス「013」のオーナーを務めていたグース・ヴァン・ホーヴェはヨシュア・トゥリーの木を探し求めていたなかで亡くなったことが報じられている。グース・ヴァン・ホーヴェは妻であるヘレナ・ヌエレットと共に亡くなっており、友人らによれば、彼らはヨシュア・トゥリーを「訪れてみたい」と語っていたという。
10. ボノは直前にリリースを取り下げる寸前だった
『ヨシュア・トゥリー』が間もなくプレスされるというところでボノは逃げ腰になってしまい、果たしていい作品であるかどうか、確信が持てなくなってしまったという。危うくプレス工場に連絡して生産を止める寸前までいったというボノだが、幸運にも、彼には見る目があったようだ。
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