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トム・ヨークの歌は、サンタクロースはいないのだと告げられたばかりのメソメソしている子どものようだ、などと、しばしば酷評されるものの、はたして彼は世間が言うほど憐れな人間なのだろうか? この謎を解き明かすため、トム・ヨークの歌詞の中でも特に優れたものを挙げていく。

10位 “Wolf At The Door”


オックスフォードで育ったトム・ヨークは、特権階級の無礼な同級生たちが、彼らに用意されている政治的な食物連鎖の頂点に立つ前から、わがもの顔で町中を歩くことに対して絶え間ない苛立ちを感じていた。2003年の『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』に収録されているこの楽曲の歌詞は、額面どおりにも比喩としてもすぐに認識できる、不快なイメージを捉えている。


9位 “Let Down”


『パブロ・ハニー』や『ザ・ベンズ』では、我々がロック・バンドに期待していたロマンへの憧れや嫉妬心、名声を得た後のブルースといった感情が詩的に、センセーショナルに表現されていた。一方、『OKコンピューター』で、バンドはロックが追求してこなかった現代的な倦怠感という領域に足を踏み入れる。“Let Down”の冒頭の歌詞がいい例で、前進することに伴う精神的な空虚感を、トム・ヨークの輸送機関への恐怖心を使って表現している。


8位 “Paranoid Android“


それまでの不快なほど素晴らしい妄想が落ち着いた“Paranoid Android“の第2幕で、トム・ヨークは歪んだギターに合わせて奇妙な場面、つまりある人物が俗的な雰囲気のパブで突然ひどい扱いを受ける様子を描写している。彼の語り手としての疎外感や厭世的思考、そして外の世界に対する恐怖心がにじみ出ていて、それが大成功を収めているのだ。


7位 “Knives Out“


表面的なリスナーにはあまり人気がなかったものの、『アムニージアック』はそのタイトルによらず活気があり、“Knives Out”のような歌詞は無関心で裕福な消費者に対し牙をむいている。歌詞の中にある「ネズミ」は、無意識に買ってしまう、食べものや服のことを指している。つまり、どこで作られたものか、自分の心、体、精神的な幸福にどう影響するのか考えずに買ってしまう物だ。これはトム・ヨークがベジタリアンであることも影響しているだろう。


6位 “Talk Show Host”


トム・ヨークが何を伝えようとしているのかは分からないが、歌詞の中にあるバカにしたような「サンドイッチ」には無視できない何かがあるのだ。それは忘れられなくなるくらい錯乱したイメージなので、トム・ヨークに対して敬意を表すしかない。まるで、主人公と言うよりは映画に出てくる無鉄砲な悪役のようだ。


5位 “Fitter Happier”


コンピューターによる抑揚のないナレーションが、ゆっくりと広がる疫病のようなピアノの旋律に覆い被さる―“Fitter Happier”は死がしたたるような暗いバラードであり、1つ1つの偽物のモチベーションを上げさせようとする指令がリスナーの想像力に新しい鮮烈な悪夢を送りつける。終わりに向かって、この曖昧な詩の断片は、楽観に傾いていくが、愛と人間性の構成要素を機械的に読み上げるかのような歌詞がより一層不気味に聞こえる。


4位 “Idioteque”


ロックの歌詞とは、たくさんのゾウでいっぱいになった部屋みたいなもので、そこに音楽の入る余地がまだ残っているなんて驚きだ。しかし、レディオヘッドの場合は、さらにそこにあまり触れられることのないテーマのひとつやふたつを見つけ出すことができるだろう。そういったゾウのひとつが地球温暖化で、あのボノでさえ用心して首を突っ込まないテーマだが、この歌詞では、自分勝手さもなく、行き過ぎた行為の愚かさを、明敏に捉える可能性が示されている。


3位 “Creep”


みんな、マジで言わせてほしい。アルバム『パブロ・ハニー』は、その後に続く兄弟姉妹たちの許容量と激情には匹敵しないけれど、ひとつはっきりしているのはそのシンプルさだ。“Creep”のこの落ち込む歌詞はロックの伝統に何も新たな要素を加えたりしないが、誰だって心当たりのある、生意気で恋に傷ついて飢え乾いている感覚を、愛と傷つきやすさの歌詞のなかに純化させたのだ。これはポップソング以外では存在し得ないものだ。


2 “Videotape”


ただただ美しくて説明すら必要としない歌詞は他にもあるけれど、珠玉の“Videotape”の場合、10音節の中に、献身、恐れ、傷つきやすさ、信頼、さらにほんの少しだけ死の恐怖を、それとなく含んでいる。


1位 “True Love Waits”


この歌がこれほどまでに聴く人の心を打つのはなぜなのか。それは文字通り、これがトムが書いた中で最高に愛らしいものだからという以外に説明がつかない。(赤ん坊を洪水で溺れさせるという聖書的イメージが裏のテーマとして存在していることは特筆に値する)。人が盲目的に愛の渦に飲み込まれると、その魂は、まるで沈没しかけた船の上の積み荷のように、自分自身を放り出し始める。目の前の新しい完璧な人のために、自分がなりたい自分になろうと、無慈悲に陰謀を企て、そして自己検閲をかける。信条――つまり今は遺物と化した昔のアイデンティティなど、もはや何の意味もない。信条をなくした私たちは無だ。だが、トムは愛のためなら、まるっきり生まれ変わるために自分を無に帰してもいいと歌っている。本当に優しいんだね。


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