ダニエル・ジョンストンは彼を追悼するためにオースティンにある壁画に数々のファンが集まっていることが明らかになっている。
これはオースティンにあるレストラン「タイ、ハウ・アー・ユー」でウェイターとして働くウィル・レハーディによって明かされたもので、ダニエル・ジョンストンの1983年のアルバム『ハイ、ハウ・アー・ユー』からその店名が付けられている同レストランの壁には同作の象徴的なアートワークが描かれている。
「現時点でも、6人か7人の人たちが集まっています」とウィル・レハーディは現地時間9月12日に『NME』に語っている。「午前中はひっきりなしに人が集まっていましたし、彼を追悼するために昨日も多くの人たちが集まっていました」とウィル・レハーディは続けている。
80年代のオルタナティヴ/アンダーグラウンド・シーンで頭角を現したダニエル・ジョンストンは、現地時間の9月10日に心臓発作となって亡くなっている。
そのアウトサイダーな人物像はカート・コバーンやトム・ウェイツから称賛を受け、子どものようなイノセンスとアヴァンギャルドさとエキセントリックさを掛け合わせたスタイルは多くのファンの間でカルト的な支持を集めることになり、インディ界に多大な影響を与えている。
「彼が亡くなったと聞いてとても驚きました。この壁画は単なる私たちのレストランの象徴ではなく、壁画そのものが象徴的なランドマークですから」とウィル・レハーディは述べている。
「私たちがパッタイを提供し続けることには変わりありませんが、ここ一帯のコミュニティやオースティンというコミュニティにおけるダニエル・ジョンストンの存在の大きさを考えれば、彼が亡くなってしまったことは本当に悲しいことです」
この壁画は「タイ、ハウ・アー・ユー」のオーナーであるデヴィッド・ロバーツが2018年にお店を開業する前からこの地にあったもので、ダニエル・ジョンストンは1993年にレコード店「サウンド・エクスチェンジ」の従業員からの依頼を受けてこの壁画を描いている。「サウンド・エクスチェンジ」は「タイ、ハウ・アー・ユー」の敷地に2003年までオープンしていた。
デヴィッド・ロバーツは1日に50人以上の人々が壁画の写真を撮影しに訪れることについて「迷惑なことではない」として次のように続けている。
「本当に素晴らしいことだと思います。ここ数日間、私自身は訪れていませんが、写真を撮るための人だかりができたとしても驚きではありません」とデヴィッド・ロバーツは述べている。
ソーシャル・メディアには多くの人々によって壁画の写真が投稿されており、壁画の足元に献花が手向けられていることが明らかになっている。壁画の近郊で追悼集会などが催されるかについては現時点で明らかになっていない。
ダニエル・ジョンストンは2011年に、自身の50歳の誕生日を記念して壁画の前でパフォーマンスを行っている。
当時の映像はこちらから。
『NME』の記者であるジェイムス・マクマホンは追悼原稿の最後の段落で「唯一無二の天才であるダニエル・ジョンストン」について次のように記している。
「ダニエルは亡くなってしまったが、(『ハイ、ハウ・アー・ユー』のアートワークのタイトルである)『ジェレミー・ザ・イノセント』はオースティンでこれからも生き続ける。オースティンにあった『サウンド・エクスチェンジ』の跡地には、お店から依頼されてダニエルが描いた壁画が今も残っているのだ。すっかりオースティンの名物の一つとなったこの壁画も、2004年には一度失われかけたことがあり、メキシコ料理のチェーン店である『バハ・フレッシュ』が建物を買収した際、この壁を取り壊そうとしたことがあった。結果として、住民の抗議もあって壁画は残されることとなった。その敷地には今、タイ料理のレストランがオープンしている。その名も『タイ、ハウ・アー・ユー』、見事だ。オースティンの他の地域もまた、いつもとは様子が異なっている。悲しみに包まれているのだ。オースティンの人々、そして世界中の人々は今週、特別な人物を失ってしまったのである」
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