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リンプ・ビズキットは新たなインタヴューで90年代後半から2000年代前半の全盛期について振り返っている。
リンプ・ビズキットは1997年にデビュー・アルバム『スリー・ダラー・ビル、ヤ・オール$』をリリースしており、大ヒット作『シグニフィカント・アザー』は1999年に、『チョコレート・スターフィッシュ・アンド・ザ・ホットドッグ・フレイヴァード・ウォーター』は2000年にリリースされている。
今回、フレッド・ダーストとウェス・ボーランドは『メタル・ハマー』誌のインタヴューでバンドの絶頂期とその際に受けた反発について振り返っている。
フレッド・ダーストは次のように語っている。「自分が標的にされて、社会の敵のように見られていると思っていた。どう対処すればいいのか分からなかった。どこに行っても、自分に視線を感じて、自分の生活が自分のものじゃないような感じだった。『こいつら全員クソだ』なんて思っていたよ。暮らしの隅々まで知られていて、何で自慰しているのかも知られているような状況だと、嫌いになるもんだろ」
ウェス・ボーランドは次のように続けている。「自分は無名だった。誰も自分のことを知らなかったし、完全に匿名的な存在だった。だけど、6年間の間にフロリダの自宅の玄関先で20人ぐらいのキッズが窓から覗き込んでくるようになって、ロサンゼルスに引っ越さなければならなくなったんだ」
2001年に脱退して、2004年にバンドに復帰したウェス・ボーランドは当時の状況について次のように振り返っている。「あの時期、自分たちがどれだけ鬱陶しい存在だったか、みんなにとってもそれを乗り越えるには多くの時間がかかったんじゃないかな。あまりにも露出されていて、誰も自分たちから逃れることができず、『こいつらばかり観ているのはもううんざりだ』という感じだったからね」
ウェス・ボーランドは次のように締めくくっている。「今ではみんながバンドをありのままに楽しんでくれる。今はリンプ・ビズキットの一員であることを気に入っているよ。どのライヴも好きだし、ツアーに出るのも好きだ。バンドの連中のことも大好きだよ。でも、あの時期を振り返って、『これらの曲を演奏するのが好きだ』と思えるようになるまでには、これだけの歳月がかかったんだ」
昨年11月、リンプ・ビズキットはベーシストのサム・リヴァースが亡くなった後、初めてとなるライヴで追悼の意を表している。
サム・リヴァースの訃報は現地時間10月18日に発表されている。「一緒に演奏した最初の一音から、サム・リヴァースは代えのきかない光とリズムをもたらしてくれました。彼の才能は力の抜けたもので、その存在は忘れ難く、彼の心は大きなものでした」とバンドは述べている。
ライヴではメンバーがステージから見つめる中で追悼映像が上映されており、映像は「サム・リヴァース、永遠に君のことを愛するだろう」という言葉で締めくくられており、メンバーは抱き合うことになったという。
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