ポール・マッカートニーは先月66歳で亡くなったBBCのDJだったジャニス・ロングに追悼の意を表している。
ジャニス・ロングは短期間の闘病の末に昨年の12月25日に亡くなっている。
ポール・マッカートニーは1月7日にジュークボックスに寄り掛かるジャニス・ロングとの写真をソーシャル・メディアに投稿しており、「古くからのリヴァプール出身の友人」と述べている。
「古くからのリヴァプール出身の友人であるジャニス・ロングが亡くなったと聞いて、ものすごく悲しいよ」とポール・マッカートニーはツイートしている。「ジャニスはいつも目を輝かせている楽しいことが大好きな女性で、音楽シーンにとても詳しくて、いつ会っても楽しかったし、大いに笑い合ったんだ」
別のツイートで彼は次のように続けている。「家族や友人にお悔やみを申し上げます。素晴らしいリヴァプール人を失ったわけだけど、彼女と過ごした時間については今後も大切な思い出は残っているんだ」
My sympathies go out to her family and friends. We have all lost a great Scouse girl, but I will always have very fond memories of her and of the times we spent together. Paul x
— Paul McCartney (@PaulMcCartney) January 7, 2022
ジャニス・ロングはBBCラジオ・マージーサイドのアシスタントとしてキャリアを始めており、その後、地元のバンドを応援する自身の番組『ストリートライフ』を持つことになっている。
ジャニス・ロングは1983年にBBCラジオ1に移籍して、土曜日の夜の番組を担当し、その後平日の夜に音楽と時事を取り扱う番組を担当した他、金曜の夜の『シングルド・アウト』も担当している。彼女はBBCラジオ1で帯番組を担当した初の女性となっている。
ジャニス・ロングは『トップ・オブ・ザ・ポップス』初の女性司会者として5年間番組を担当して、その後はBBCラジオ2で2017年まで続く長寿番組を担当していた。1995年にはリヴァプールでクラッシュFMという自身のラジオ局も立ち上げている。
彼女はフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドやエイミー・ワインハウスに初めてのセッションの機会を与え、ザ・スミス・プライマル・スクリーム、アデル、リチャード・ハーレイなどの初期の露出にも貢献している。
新人の応援という点で音楽業界への目覚ましい功績を果たしたということでジャニス・ロングはリヴァプール・ミュージック・アウォーズで特別功労賞を受賞している。
一方、ザ・ビートルズについては映画『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』や『マジカル・ミステリー・ツアー』でプロデューサーを務めたデニス・オデルも享年98歳で亡くなっている。
ザ・ビートルズはインスタグラムのアカウントで追悼の意を表しており、デニス・オデルとザ・ビートルズの写真を投稿して、「亡くなったデニス・オデルの家族と友人にお悔やみを申し上げます」と述べている。
「デニスが最初にザ・ビートルズと仕事をしたのは『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』のアシスタント・プロデューサーで、『マジカル・ミステリー・ツアー』や『ジョン・レノンの僕の戦争』でもプロデューサーとして仕事を続け、1968年にアップル・フィルムスのトップに就任しました」
「デニスは1969年1月に3週間にわたって行われた撮影でもスーパーバイザーを務め、これが『ザ・ビートルズ:ゲット・バック』3部作の基となったのです」
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