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プリンスの元妻であるマイテ・ガルシアは、自身の回想録『ザ・モスト・ビューティフル:マイ・ライフ・ウィズ・プリンス(原題)』の中でプリンスとの間の息子の死について言及している。

歌手/ダンサーのマイテ・ガルシアはプリンスと1996年から1999年の4年間、結婚していた。

マイテ・ガルシアは、正式にはボーイ・グレゴリーという名前の息子のアミールが生後6日で亡くなったことが、どのようにプリンスの心に傷を残したのかについて明らかにしている。

「彼がそれから立ち直れたとは思えないわ」と『ピープル』誌にマイテ・ガルシアは語っている。「誰にも乗り越えることなんてできないと思うの。私自身もそうだった」

プリンスとマイテ・ガルシアは2人の子供を長く待ち望んでいたとのことで、彼女がアミール(アラビア語でプリンスを意味する)を妊娠したという報せは2人を非常に喜ばせたという。しかし、子供はファイファー症候群2型という希少な遺伝的障害を抱えて産まれることになった。

ファイファー症候群は、頭蓋骨の溶解を含む骨格や全身への疾患を引き起こし、マイテ・ガルシアは著書の中で、「手と足の骨の溶解で水かきのついた手足の様な見た目になるのと同時に『クローバー葉頭蓋』と言われる状態となり、眼窩から目が飛び出る」と説明している。

著書によれば、ある日出血が始まるまでは妊娠経過は良好だったという。出血によって医師に遺伝的異常の検査のために羊水穿刺診断を薦められたが、それは流産の危険性も含む検査だと警告されたとしている。

「時折、理由あって身体が胎児を外へ出そうとすることがあります」と医師は彼女たちに説明したという。それを受けてプリンスは検査に反対している。「私の夫はこう言ったの……『いや。僕たちはそんなことはやらない』ってね」

代わりに二人は自宅に戻って子供の健康のためにお祈りをしたとのことで、「どうか、息子に祝福を」とプリンスは膝をついて祈ったという。「この子に危害を加えるようなことをあなたが許すはずがないことを我々は知っているのです」

追加の検査で更に合併症が明らかになり、超音波検査で「矮小発育症」の可能性があることも警告されている。彼女とプリンスは「それをまったく問題と思わなかった」と綴っているが、医師は再びそれらが胎児の命を脅かす障害である可能性を警告し、羊水穿刺診断を薦めたものの、プリンスは断っている。

アーミアは1996年10月16日に帝王切開で産まれている。「その時の夫の顔といったら、なんて表現したらいいのか。純粋な喜びよ」と彼女は綴っている。「それで、医師たちが赤ちゃんを眩しいライトの方へ持ち上げたら……夫の意気揚々だった顔が純粋な恐怖の表情に変わったの」

手術室の看護師は赤ん坊の命を救おうと作業を始めて、プリンスは「どうして彼は泣いていないんだい?」と語ったとマイテ・ガルシアは振り返っている。赤ん坊は数日間に間に複数の治療を施され、6日目まで必死で呼吸を続けようとしたという。

彼女はこの話を公にすることを昨年4月のプリンスの死をきっかけに決めたという。「彼についてのたくさんの事柄が明らかになっていくことは分かってるわ。ネガティブなこともポジティブなこともね」と彼女は語っている。「でも、私自身にまつわるものについては愛から生じたものであって欲しかったの」

プリンスは当時子供の死について語ることはなく、生涯においてその如何なる詳細も明らかにしていなかった。

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